彼女の横顔には見覚えがあった。彼女は土井の顔馴染の或るカフェの女給だった。
「うーむ」
土井は呻いた。
「やられた!」彼は心のうちで叫んだ。
彼には途々怪老人の話した謎のような言葉が、少し分りかけて来た。その女給は無論土井に取っては顔馴染以上の何者でもなかったけれども、老人は変に誤解しているのかも知れない、間男をすれば、生かしちゃ置かないと云った彼の言葉が思い出された。土井は怯えた眼でジロリと老人を見た。
老人の眼は爛々と輝いていた。顔は興奮で燃えているらしく、赤銅色の皮膚にはそれとは分らなかったが。
誘き寄せられたのだ! 人殺しを見せると云うのは、即ち土井自身の身の上の事だった。死に直面した戦きが、全身に電光のように伝わった。
嫉妬に狂った兇暴な老人は
果して、怪老人は懐中から一
が、次の瞬間に土井はホッと息をついた。老人は彼には目もくれず、ツカツカと縛られている女の傍へ寄った。
土井は今まで考えていたことが、全く杞憂に過ぎなかった事を発見した。
近づいて来る足音に、女は恨めしそうな顔を捻じ向けて、まともに土井の方に面したが、それは土井の顔馴染の女給とは全く別人だった。彼女は思ったより
女に近寄った老人は抜き放した短刀で、縄をズタズ夕と
女は自由の身になった。
しかし、彼女は声を立てようともせず、逃げようともせず、老人の足下にひれ伏して、わなわなと顫えるのだった。
老人はビクビクする
土井はこの恐ろしい光景を眺めているうちに、大変な事を思い出してしまった。
今を去る事二三ヶ月以前、未だ暑い頃だったが、府下某市の刑務所で、実に巧妙な脱監が行われた。脱監囚は