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「ぼ、僕は葛城じゃありませんぜ」土井は吃驚びつくりして云った。

「僕は土井江南です」

「何だって」始めの警部は大きな声を出した。「土井江南だって、土井と云えば探偵小説家じゃないか」

「そうです」

「うむ、そう云や、葛城にしては少し肥り過ぎているようだ」

「成程、本当に土井らしいですよ」刑事の一人が云った。

 若い方の警部は突然いきなり土井に飛びついて、彼の薄くなっている頭髪をうんと引っ張った。それから彼の出っ張った腹を、力委せに押した。

「な、何をするんです」土井は真赤になって呶嗚った。

仮髪かつらでもないし、肉を着ているようでもない」警部は土井の呶声などは耳にも入れないで、残念そうに云った。「ちよっ又してママやられた、旨々うまうまと葛城に逃げられたぞ」

「一体、あなたはどうしてこんな所に、こんな風をしているんですか」古参の警部はなじるように云った。

 相次いで起った忌わしい出来事に気を腐らしたのと、警部達に眠い所を引摺り起されて、挙句散々の侮辱に、カッとなった土井は思わず大声に叫んだ。

「僕は人を殺したんですッ」

 自分は散々に侮辱する警官の度胆を抜いて、アッと云わする痛快味を味わうために、土井は思わずこんな事を口走ったが、ああ、飛んでもない事を云ったものだ。

「何ッ!」警部は果して飛び上る程驚いた。「どこで殺したんだッ!」

「隣の二階へ行って見給え」土井は平然と答えた。

 あっけに取られた警官達は土井をしっかり捕まえながら、ゾロゾロと下へ降りて、隣家に行き、再びそこの二階へ上ると、一室を覗き込んだが、一同あっと顔色を変えた。室の中には一人の女が無残にも惨殺されていたのである。

「おい、君、ありのままを白状し給え」

 顔面筋肉を緊張させた警部は、すっかり語調を変えて、土井を睨めつけながら云った。

 土井は宵の口からの一伍いちぶ一什しじゆうを委しく物語つた。しかし、誰も信用するものはなかった。

「ふふん、成程、小説らしい話だなあ」警部は云うのだった。

「創作としては面白いかも知れんが、とても事実としては信じられないね。君はさっき一旦殺しましたと自白したんだから、潔よく云ってしまったらどうだね」

「葛城らしい青年に会った事は本当かも知れん」も一人の警部は云った。「我々は彼を捕縛する目的で来たんだからね。しかし、由利鎌五郎を持ち出したのは流石小説家だね。成程、あいつなら人殺しをする所を見せるかも知れない。しかし、そんな作り話で我々を瞞着しようたって、そうはいかないよ。土井君、君らしくもない、君達がいつも小説に扱っている通り、犯罪は隠し通せるものじゃないのだ。さあ、真直ぐに白状し給え」

 土井はすっかり絶望した。今から考えれば、葛城春雄に相違ない所の青年が、警官を信用させる事は至難であると云った言葉を今更のように思い出した。しかし、土井が葛城の勧めに委せて変装したり、又腹立まぎれに自ら人を殺したなど云わなければ、こんな事にはならなかったろう。すべては自