がら、低声で云った。
「誰だか知らないけれども、指輪の事は云わないで下さい、ね、きっとお礼するから」
この様子を眺めていた男は、始〔ママ〕めて腹を立てるのに気が付いたように怒号した。
「どこのどいつだ。断りなしに俺を撲った奴は!」
「へん、憚りながら手前のような性質の悪い盗人にゃ、俺の名前は聞かされねえ。女に熱くなって銀行の金をくすねるような卑怯な奴は、俺達の仲間にゃねえんだ」
男の顔は忽ち蒼白になった。ブルブル震えだして、口が利けなかった。
「態見ろ!」想太は勝誇って云った。「手前達は紳士の――」想太はちよっとつかえた。彼には紳士に対する女性の言葉が急に出て来なかった。「何のかのたって、俺のようにに生活のために盗みをするものより余程心は汚いのだ。へボ盗人め、気をつけやがれ」
次の瞬間彼の姿は消えた。
三
それから暫く惣太は稼ぎに出なかった。攫って来た指輪を宿主のけいず買いの助五郎に見せると、この老爺は踏み倒しやで、仲間から毛嫌いされているのだが、それでも十五円に買ってくれたので、生活のたつ間は稼ぎに出ないのが、惣太の定めだったからである。
でも十五円の金は一週間とは保たなかった。
一週間後に彼は又出かけた。洋館には懲りたから、今度は日本家を覘った。
下町で、ちよっと妾宅と云った構えの粋な見つきの家が無人らしかったので、その家へ忍び込んだ。十二時は夙に過ぎていたのだが、奥の一間に近づくと、燈火が洩れてコソコソ話し声が聞え〔ママ〕る。惣太は立止まった。
女二人らしい。どうも聞き覚えのある声なので、そっと襖の隙間から覗いて見ると、一人はまぎれもない先達て洋館にいた女で、今日は和服でだらしない風で足を投げ出して坐っている。驚いた事には、もう一人の女は例の暗闇から出て惣太を搔き口説いた女である。化粧などしてこざっぱりとした身装をしている。
「結局あたいの負かね」
「そうともさ、お前さんが男を誑して金をとるには、いい身装をして、色仕掛けに限ると云ったからさ、あたいもふと逆らう気になって、汚い身装で泣き落しても男は誑せると云って、つい賭になったんだが、ああ旨く行こうとは思わなかったよ」
おや、と惣太は耳を傾けた。
「あたいだって、成功していたんだがなあ。あの男はあの晚ちゃんとお金を持って来たんだものねえ。もっともあたいも拙かったの。例のから貰った指輪をはめていてね、あの男はそら嫉妬やきで、殊に例のと来ると、一層妬くんでしょう。それに何だか機嫌が悪くってね、あとで考えれば悪い訳があったんだが、その時は気がつかずさ、指輪を見られちゃ拙いと思ってそっと抜いて靴の中へ隠しちゃったり、お酒飲ませたり、そりゃ苦心したもんよ。ところがいつの間にか御存じの泥棒が出て来て、おじゃんさ。おまけにあの男の前で指輪の事を云い出して困ったわ、それから男の金も銀行から盗んで来たって事を知ってたのよ」
「あら、銀行から盗んで来たの」