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Page:KōgaSaburō-Jade-Tōhō-1956.djvu/4

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を訊く為に、或いは註文󠄁の品を運ぶ為に、或いは同時に二組以上の馴染客に秋波を送る為に、奔命に疲れ果てゝいた。

 百数十人の客達はいずれも云い合したように、口忙しく何事かを喋つていた。彼等は鳥渡でも沈黙が続けば、忽ち悪魔に取憑かれるのを恐れでもするように、狂気のように見えた。彼等はそうした強迫観念から脱する為に、無闇に酒を呷つているのだつた。だから表面的には彼等は皆な上機嫌で幸福だつたが、内実は溜息を隠す為の作り騒ぎとも見えるのだつた。

 一隅では会社員らしい四五人が、各自飲みさしのビールのコップを控えながら、大声に喋つていた。

「最初はテンさ、次からフアイブなんだよ」

「女学生なんかが来ると云うじやないか」

「うん、袴なんか穿いて来るがね。と称するだけで、怪しいものだわ」

「Tなんかゞ遊ぶとは思わなかつたね」

「フ丶ン、あんなのが反つて危いのだよ」

 その隣りの席ではモダーン型の青年の群がひどく噪いでいた。

「おい、あいつは鳥渡好いだろう」

「今帳場の方から出て来たのかい。鼻が高過ぎらあ」

「どつかM夫人に似ているだろう」

「それで好いと云うのかい。笑わせらあ」

「ほんとだ、そんなにM夫人の抱擁が忘れられないのかい。俺なんざ、あんな女給は御免だよ。あんな着物の趣味は真平だ」

「生意気云うな。向うから御免だつて云わあ。君なぞは相手にされる代物じやない」

「馬鹿云え。あんな女、こつちに気があれば、ものにするのに三時間とかゝるものか」

「背負つてやがら、こいつ

 こうした喚く、罵る、笑う、そうして飲酒と邪淫の他に何者もない騒擾のうちに中程の大きな柱の蔭にウィスキーグラスを前にして、ポツンとしていた一人の男は、何に聞耳を立てたか、急にぬつと顔を上げた。彼は中年の背の低い男で、ダブの汚れた上衣を着て、垢じみた、ねじくれたネクタイを無造作に結び、どの点から見ても、カフ・オーリアンの客らしくなかつた。今彼の擡げた顔を見ると普通の人に一廻り大きい上に赤黒く醜く、巨大な曲つた鼻が、