竜太は青年の問には答えないで、のつそりと立上つた。青年はおず〳〵とその後に従つた。
竜太は青年を裏口の方に連れて行つた。そこは鳥渡した空地になつていたが、真喑な中で、う、う、うと低い声で物凄く唸りながらゴソ〳〵蠢いているものがあつた。それは居間の方で時折聞いた薄気味の悪い声だつたので、駒田はギクリとして立止りながら、すかして見ると、犢程の野獣が太い柱に鎖で繋がれて、口網を被せられて、いきり立つているのだつた。
「な、何ですかツ!」青年は恐ろしさの余り、思わず声高く叫んだ。
「しツ、静かに」竜太は青年を制しながら、
「なに、ゲロネンダルと云ってね、羊の番犬の一種だよ。ハヽヽヽ、狼と犬の合の子でね、云わば山犬さ、可成獰猛だが、無喑に人に危害を加えないから安心し給え」
駒田は稍安心しながら傍に寄つた。
「大きい犬ですね、どう云う目的で飼つて置くんですか」
「探偵の目的さ。こいつは探偵犬として最良の犬なんだ。曰本で、この犬を持つているのは、まあ僕一人だと思うね。この犬を使つて、宝石の隠場所を探し出そうと思うんだ」
「えつ、この犬で」
「うん、多少訓練して置いたから、きつと成功するだろうと思うんだ。来給え」
竜太は鎖の一端を持つた。探偵犬はきつと耳を立てゝ、短い舌をチラ〳〵させながら、主人を引摺るように、せか〳〵と前へ前へと進んで行つた。
午前二時はとうに済んでいた。宵のうちから危く持ち堪えていた空から、ポツリ〳〵と雨が落ちて来た。蒸し暑い妙に澱んだような空気が二人の身体を押包んだ。懐中電燈の光で照された野道には草が蓬々と生えていた。
探偵犬はやがて非常な勢いで、とある雑木林に飛び込んだが、注意深くそこいら中を嗅ぎ廻つた。ものゝ五分間も嗅ぎ廻つていた犬は一本の木の根本をグル〳〵廻り出したが、やがて前足で土を搔き出した。
「しめたぞ」
竜太は犬を傍の木に繁ぐと、用意したショベルで犬の搔いた後を掘り始めた。駒田は不安そうな顔をして、懐中電燈で掘られて行く穴を照らしていた。
やがて、カチンとショベルの先に堅いものが当つた。竜太はひどく勢いづいて、急いで堀り起したが、それは小さな鉄の函だつた。