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「僕にどう云う用があるのですか」

「少し御注意を申したい事がござつてな。ハヽヽヽヽ、大した事でない。第一に犬に嚙みつかれた時には、狂犬病の予防注射をなされぬと危険じやと申す事じや」

「何ツ!」野波は顔の色を変えた。

「ハヽヽヽ、何でもない詰らぬ事じや。所で二番目に御注意をいたしたいのは、最早首環を狙らママわれても無駄でござろうと云う事じや」

「え、え」野波はよろめいた。

「第三に、これは一番大切な注意じやが、閣下の後には、鳥打帽子を眉深に被つた怪しい男が尾行して居りますぞ。多分刑事と申す者じやと存ずるが、御注意が肝心でござるぞ」

「――」野波は得意気に駒田を説いていた時とは打つて変り、竜ママ太の舌先に飜弄されて、顔を蒼白にしたまゝ、最早言葉は出なかつた。

「ドリヤン・グレイ殿」竜太は呆気に取られている青年を呼びかけた。

「かような所に永ママ居は無用じや。拙者と一緒にお出なされ」



 眉目秀麗の青年駒田は茫然として夢を見るような気持で、フラと手竜太と名乗る怪人物の後について、カフエ・モンブランを出た。

 空は愈々険悪になつていた。夜中十二時に近いのだろう、街上には人影もなかつた。

「あゝ云う男と一緒にいない方が好い」竜太は駒田に囁いた。

「あいつは君を唆かして、とく子とか云う女給の所へ、君をやろうとしているのだよ」

「然し、そ、それは――」駒田は口籠りながら、云い争おうとした。

「いや、それに違いないのだ」竜太は押えつけるように、

「あいつはその女を慥かに知つているのだ。殊によると情婦かも知れない」

「えつ」青年は顔色を変えながら、

「そ、そんな事は――」

「ハヽヽヽヽ、では君の名誉と彼女の良心の為に、僕の情婦説は取消すとしよう。だが、二人は知つた仲であると云う事は断じて疑いはないよ。多分彼はとく子に盗んだ宝石でも預けてあるのだろうと思う」

「えつ」