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「ジンカクテーママルを二つ」

 紳士は入口を背にしてポンと腰を下すと、足を組み合せながら、傍に来た女給に註文󠄁した。そうして、前に腰を下した青年に云つた。

「どうだい、好い気分だろう」

「好いですね」青年は余り気乗りのしないように答えた。

「君は何と云うんですか、僕は野波つて云うんだが」

「ぼ、僕は」青年は少し狼狽えながら、

「こ、駒田と云います」

「駒田君の健康を祝そう」

 彼は女給の運んで来たグラスを、手袋を嵌めたまゝ受取つて、眼の高さまで持上げた。青年も同じようにグラスを、眼の所に持つて行つて、互に鳥渡目礼した後に、同じようにグッと飲み干した。

「所で君、僕達は友人になつたのだが」彼はこゝで鳥渡口を切って、女給に二杯目を持つて来るように、目配せをしながら、又󠄂向き直つて、

「駒田君、君はオーリアンのとく子にひどく執心だと云うじやないか」

「――」青年の蒼白い顔は微かに赤味を増した。

「そう恥かママしがらんでも好いさ。大いに話して呉れ給え。所で、君、一体どの位の程度に進んでいるのだい」

「何にもありやしません」青年は恨めしそうに野波と名乗る男の顔を見上げながら云つた。

「何もないつて」野波は意外と云う風に、

「隠しちやいけないぜ。君は大分あそこへ通つているじやないか」

「先週初めてあそこへ行つたんですよ。そしたら彼女がいたんです。余りよく似ているものですから」

「誰に似てるつて」

「私の恋人にです。国にいるんです。恋人だつて片思いなんです。私の方で思つているきりなんです」

「君の国はどこなの?」

「遠いんです。ずつと離れているんです。私は或る用向きで東京へ出て来たんです。むずかし