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「砂金!」思わず彼は声を挙げた。

「砂金よ」啞のように黙っていた爺さんは顎をガチガチ云わせながら、嘲けるように口を利いたものだ。

「砂金!」もう一度彼は叫んで、手を伸ばすと、畳の上をー摑み、十粒あまりを摑み取って、小供が熱望していた玩具おもちやを与えられたように、右の手から左の手に移し、左から右へ夢中になって楽しんだ。彼にとっては死んだ愛児に巡り遭ったのより嬉しいのだ。彼はこの為に何度死ぬような目に遭ったろう。どんな危険をおかし、どんな苦痛を忍んで、これを得る為に努力したか。そうして最後に彼は採集した砂金を船と共に海底に沈めて終ったのだ。

 猫が鼠に戯れるように砂金をもてあそんでいる旅人をじっと見つめながら、爺さんはニヤニヤと薄気味悪い笑を浮べていた。だが、旅人の背後の婆さんの相はみるみる険悪になった。彼がさっきの三年前の話を少しでも知っていれば、何とか要心する所もあったのだろうが、彼は微塵みじんもそんな事を知らなかった。その間に老婆は庖丁逆手にジリジリと彼の背後に迫ったのだ。旅人が何かの気配に気づいたか、それとも何の気なしにか、振り向くのと庖丁が飛んで来るのとが同時だった。あっと云う間もなく彼は頰をグサと一刺しやられた。

 彼がぱっと飛びしさって、悪鬼のような老婆と相対した時には、もう自分の生命を守るより外の事は考えなかった。彼は老婆の手許に飛込むと両手で頸を絞めた。後ろから飛びついて来た老爺を、忽ち押倒して同じく頸を力まかせに摑んだ。鶏を絞める程の力もいらなかった。もともと彼等二人が生きていたのが不思議な位なのだ。

 彼は茫然として二人の犠牲を眺めた。

 ああ、すべては砂金のさせた事だ。けれども、誰が彼の立場を認めて呉れるだろうか。牢獄、死刑、彼はぶるっとふるえた。

 彼はたちまち身をひるがえして暴風雨に荒れる外へ逃れ出た。

 これがまあ、三年前のこの家に起った夫婦殺しの顚末てんまつさ。


 語り終って、頰傷の男はニヤリと笑った。だが、その笑には隠すべからざる悲痛の色があった。


四、最後の暴風雨の夜


 二人の男の話が済んでも未だ暴風雨は止まなかった。廃屋は二人の男にそのすべての歴史を語り尽されて、もう敢えて存在する必要もないのだろう、今にも斃れそうに断末魔だんまつまの喘ぎをするのだった。

 顔を見合した二人の男はまじろぎもせず、お互にじっと見詰めた。

「お前無事でいたのか」額に傷痕のある男は云っだ。

「お前も無事でいたのか」頰に傷痕のある男は、鸚鵡返おうむがえしに云った。

「六年前にこの岬のとっ端から抛り込まれた時には、もうお終いと観念したが、未だ運が尽き