ったが、嵐の為に流されて、どこの沖合だか分らねえ、とうとう船は沈んで終った。それでも不思議に命は助って、或る浜辺に打上げられた。その村の人達のお蔭で、どうやら元の身体になり、暫くはそこで漁師の仲間に入れて貰ったが、異国で酒と女の間を一か八かで通って来た悲しさ、どうでも正業とか云う奴は身につかねえ。だんだん身は持ち崩すし、それに持って生れた漂浪性とか云う奴が、黙っていねぇ。又、ひょろひょろと旅に出て、乞食同様あちこちを歩き廻ったが、故郷忘じ難しと云う奴でフラフラこの辺へ舞戻ったが、大きな荒野で路に迷って終って、その上大嵐に遭い、散々の体たらくで、ようやくこの一つ家に辿りついたのだった。
この家に一足踏み入れた時に、随分強情な俺――いや、そいつは随分強情な奴だったけれども、襟元からぞっとしたと云う事だ。何年前に建った家か、太い柱はへんに曲って、がっしりした木組も今はガタガ夕になって、壁は落ち畳は破れ、襖障子は煤で真黒になっているし、灯火と云えば小さなランプが吊してある切り、これがあったればこそ、彼もここへ辿りつく事が出来たのだが、ホヤは傾いて油烟は出放題、それが時々風の為に消えそうになると云う奴で、人の住んでいる所とは思えない。いや、いっそ、人が住んでいなければ未だしもだが、例えば今ここにこうして腐りかかっている家で、嵐の中をお前さんと二人切りで、気味が悪いには悪いが、お互に血気と行かないまでも、まあ力にはなると云うものだが、その時には、この世の人と思えない老人夫婦がしょんぼりと坐っていたのだ。何と凄かろうじゃないか。
老人と云っても後で考えて見りゃ、爺さんは六十そこそこ婆さんは五十少し出た位だったのだが、二人とも骨と皮だ。啞のように黙りこくって坐っているのだ。
爺さんの方はまあ骸骨そっくりだった。頰骨が出て眼が窪んで、何かする度にガチガチと骨が鳴るのだ。いろりの前に坐って、骨張った細長い手をそろそろと蛇の這うように動かして、烟管をまさぐっていた。婆さんは渋紙のような光沢のない顔色に、額と頰の皺がくっきりと鮮について、ギロリとした底光りのする眼で、四辺をジロジロ見ながら、真夜中だと云うのに俎の上で、庖丁を逆手に持って、何やら料理していた。廃屋同様の一つ家の薄暗い灯火の下で、正視に堪えないような物凄い老婆が庖丁を持っている姿は、人間でも料理しているようで、老婆の口が耳まで裂けているかと見えたと云う。旅人はすぐにこんな家に飛び込んだのを後悔した。だが、外は大荒れだ。広漠たる原野だ。ー晚彷徨したって宿るべき所はない。彼は度胸を定めて坐り込んだ。
老婆はいろりにかけた鍋から、どろどろしたものを碗に汲取って、やもりの丸焼のような、しかしそれは何かの魚を燻焼にしたものだったが、薄気味の悪い食物を彼に与えた。どうやら腹が出来ると、旅人はいくらか落着いた気になって、いろりの前にいざり寄り、煙草を一服無心した。
快い一服に今朝からの疲れを忘れかけて、ふと爺さんの腰の辺を見るともなしに見やると、黄色い小粒がキラリと光る。オヤと見直すと、あちらにもこちらにも、おおよそ一摑み爺さんの坐っている廻りにバラ撒いてある。拾って見る迄もない見事な砂金だ! この男には懐しい、忘れる事の出来ない砂金なのだ!