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「決して噓は申しません。全く女のために――」

「見かけによらないおしの太い奴だ。真直ぐに云わぬと承知せぬぞ」

 手はいきなり米田の腕を取って捩󠄁じ上げた。彼の怪力に捩󠄁じ上げられて、米田はうーんと苦しそうにうなったが、歯を食い縛って、口を開こうとしなかった。

「強情な奴だ。よし云わないなら云わないでよし。俺にも考えがある」

 手は物凄く云い放ったが、松坂の方を向いて、

「この男の室はどこですか。案内して下さい」

「庭の隅の小屋の中です」

 松坂はもう逆らわなかった。彼は得体の知れない手と云う男の怪腕にすっかり征服されてしまったのだった。手は片腕でしっかり米田を引摑みながら、松坂と八巻の後に従った。

 例の物凄い鋭い眼で、米田の室をグルリと見廻した手は、米田を捕えていた手を放すと、ゆつたりした歩調で室の中を歩き廻った。室の中のものを片端から調べ出した。やがて彼はきっと箪笥たんすを睨んでいたが、何と思ったか軽々と一方へずらすと、忽ち畳を上げた。

「あっ」

 と云う叫声はガタガタ顫えていた米田の口から洩れたのだったが、それと同時に床板を揚げた手は床下から、ちいさい真黒な木切のようなものを取出した。

「あっ、それは」

 今度は松坂が叫んだ。その小さな木切は紛󠄁れもない、ニウルンベルクの名画の額縁の一部分だった。

「紛失した画の縁の切端と見えますな」手は松坂の方を見てニヤリと笑ったが、「御覧なさい。今度の事件を解く鍵はこの切端に相違ありませんて」

 そう云いながら、彼は木片きぎれの両端を持って、左右に引いたが、木片はもろくも二つに割れて、ポロリと落ちたのは、夜目にも眩しいように光る美しい石!

「あっ」

 一同の口から、期せずして驚きの声が出たが、中にも米田はあわてて逃げ出そうとして、忽ち手に引据えられた。

「このダイヤモンドはどうしたのだ」

 手は叱るように訊いたが、米田はただうなだれただけで、答えようとしない。

「答えられないか。よし、では俺が代って云ってやろう。貴様は先晩ニウルンベルクの名画が紛失した時、翌朝早く庭の隅でメチャメチャに壊わママされた額縁を見つけたが、ふとその中に光っているダイヤモンドを見出して欲しくなり、宝石の這入っていた部分の縁だけをこうして床の下に隠し、残りは焼いてしまったのだろう」

「――」

「それから今晩はかねて粕谷が税関から画を取出すのを知って、その額の中にも宝石が隠されていると見込をつけて、粕谷の室に忍び込み、あべこべにあんな目に遭わされたのだろう」

「そ、その通りでございます」

 超人的な明察に驚いたか、米田はさっと恐怖の表情を浮べながら、平蜘蛛のように恐れ入った。

「はてな」恐縮している米田を尻目にかけて、手はダイヤモンドをためつすがめつ見入っていたが、

「このダイヤモンドの切り方は余程古い。数世紀以前のものだ。可笑おかしい」