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枚の画がこんな所に隠してあったのには、松坂は二の句が継げなかった。

「未だ驚く事がありそうじゃ」

 一同が啞然としている間に、じっと耳を澄していた手は、何か物音を聞きつけたらしく、きっと押入の天井を見上げながら云い放った。

 松坂を初め一同はもう手の無礼を咎める気などはすっかりなくなっていた。それよりは今は超人的な彼の手腕を信ずるように、彼の言葉を聞くと共に、云い合したように天井を見上げた。

 手は素早く机と椅子を積み重ねると、軽々と天井によじ登って、暫くゴソゴソしていたが、仕掛けを看破ったと見えて、三尺四方程の穴を開けた。そこから彼は天井裏に這入ったが、やがて、真黒な大きな塊を抱えて、下へ降りて来た。

 一同はあっと叫んで後に飛退とびすさった。手の抱えて来たのは手足を縛られた一人の男だった。人間一人を易々と抱えて危なかしい足場を降りて来た手の小男ではありながら腕力のすぐれているのには一同舌を捲いた。

「あっ、米田だ!」

 恐々こわごわ猿轡さるぐつわめられてグッタリしている男の顔を覗き込んだ松坂は思わず大声で叫んだ。男は園丁の米田虎吉だった。



 繁松の室の秘密押入の天井裏に縛って抛込ほおりこんであった男が園丁の米田だったとは!

 松坂が呆気に取られていると、粕谷老人はフラフラと倒れかかりながら、唇を湿しめし湿し切々に叫んだ。

「御前様――お許し下さい――画を、画を階下したへ持って降りたのは御前様でない――伜じゃ、伜でございます――奴は、奴は御前様の姿に化けていたのでございます――奴は、万一の場合を思って、御前様の姿をしていた――それに私が騙されたのでございます――そんな、大それた悪い奴とは、今が今まで存じませんでした。お許し下さいませ。御前様、お許し――」

 ここまで苦し気に云い続けた粕谷老人は頭をガックリ垂れると、バッタリ倒れた。

 松坂と八巻とは驚いて右と左とから、老執事を抱えて、室の隅のベッドの上に静かに置いた。

「大丈夫だろうか」

「大丈夫らしい」

 二人は心配そうに会話を交した。

 その間に手は正気づいた米田を訊問していた。

「お前はどうしてこんな目に遭わされたのか」

 眼をキョロキョロさせて四辺あたりを見廻していた米田は、ようやく事情が呑み込めたらしく、手塚の顔を見上げながらブルブルふるえた。彼は手を刑事とでも思ったらしいのだった。

「御手数をかけまして申訳ございません。へい、実はちょっとした事から粕谷さんと喧嘩をいたしやして、かくの通りでございます」

「どう云う事で喧嘩をしたのか」

「それがその、誠に申上げにくいのですが、女の事でございまして」

「黙れ」手は大声にママ怒鳴りつけた。「貴様は俺を盲目めくらだと思うか。早く本当の事を云え」