Page:KōgaSaburō-A Doll-Tōhō-1956.djvu/11

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「君が駈けつけた時に夫人はもう何も云わなかつたかね」

「はい、一言二言譫言のような事を仰有いました」

「どんな事?」

「はい」女中は云おうか云うまいかと暫く躊躇していたが、

「あの、確か当時新聞にも出ましたと存じますが、たみ子さまは夢中で『人形――眼の動く人形――』と仰有つていました」

「えゝツ」

 今までじつと二人の奇怪な問答を聞いていた蓑島は、この時に飛び上る程驚いた。

「有難う」手はニヤリと薄気味悪く笑つて、女中に礼を述べながら、

「お蔭ですつかり分つた。この上は犯人を捕まえる許りだ。この帳簿は元の通り金庫に蔵つておくよ。明日あたり殊ママによると、察ママの者が訪ねて来るかも知れぬ。その時は成可く我々の来た寧は黙つていて貰いたい。然し、君が云いたければ云つても関わぬよ」

は之だけの事を悠り云うと、小さい身体をムックリ起して、帳簿を元の金庫に収め、四辺をグルッと一度見廻した後に、

「どうもお邪魔したね。では、君帰ろう」

 手は蓑島を促して悠然と外に出た。

「十二時少し過ぎたね」

 彼は時計を門燈にすかして、呟くように云つたが、

「所で、蓑島君、君に一つ頼みたい事があるのだが、一緒に僕の家まで来て呉れないか」

 そう云つて彼は簑島の返事を聞くまでもなく、さつさと歩き出した。



 翌朝、蓑島は可成り遅く眼を覚ましたが、後頭部がズキと痛んで、容易に床の中から出られなかった。余儀なく彼は 一日会社を休む事にした。

 昨夜は奇怪な事件につき当つて、奇怪な手と云う人物に夢中で引摺り廻されたが、最後に彼は手の家と云うのに、無理やりに連れ込まれた。彼の家は蓑島とは別方面の矢張り繁華な郊外の一角にあつて木造の西洋館で、中は人気のないようにガランとしていた。そこの一室で暫く待たされた時には、蓑島は安逹ケ原の魔女の棲家に連れ込まれたような気がしたものだつ