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Page:Issennen no rekishi wo tsukuran.pdf/16

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統を感受し且つゲルマン人の開發によつて擴大するに隨つてそれだけ一の觀念が地域的に擴がつたのであつてこの觀念を我々はヨーロツパと呼んでゐるのである。ドイツの皇帝がウンシユトルツス河畔や或はレツヒ河畔で戰つたのは東方民族の侵入を阻止する目的であつたかどうか、或はアフリカが長年戰つてスペインから獨立したかどうか、かう云ふことは枝葉な問題に過ぎない。要は、これらも皆常に成長せんとするヨーロツパが根本的に異つた世界に對して遂行した一の鬪爭であつたのである。甞てローマはヨーロツパ大陸の建設防護のため不朽の功績を樹てたが次いでゲルマン人も今や諸民族より成る一の所謂家族を防衞し守護するの任を引受けたのであつて、この家族內に於ては相互にその政治形態及び目標について尙ほ相違し相反するものがあるが、然し全體から見れば血統上及び文化上部分的には同じであり又部分的には統一を保つてゐる。而してこのヨーロツパからは地球の他の部分へ移住するものが出でた許りでなく同時にヨーロツパからは精神及び文化的果實が他の大陸へ移植されたのであつて、この果實は眞理を否定せずして追求する意志ある者のみの認識するところであ