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は孝慈、夫婦の職分は別々の義、兄弟の職分は弟愛、朋友の職分は信なり。此五典の性を人に賦するは天命の職分なり。然を汝提宇子は云ふ、Dsデウスの內證に背く義ならば、君臣の忠義を捨、孝悌の因をも存せざれと勸むること、之に過る惡逆いづくに在べきぞ。其Dsデウスの內證に背く義と云は、第一Dsを背て佛神に歸依することなり。故に提宇子の宗旨を替へ、佛神に歸依せよとの君命、さしもに重けれども、身命を惜まず、五刑の罪に逢ふといへども、却て之を悅ぶ。看よ々々、君命よりも伴天連が下知を重じ、父母の恩惠よりも、伴天連が敎化猶辱けなしとすることを。日本は神國にして、天照太神より次第受禪し玉ひ、鸕鷀草葺不合尊に至り、其御子神武天皇、百王の太祖と成玉ひ、三種の神器、天下の護りと成玉ふ上、吾朝の風俗皆神道に依らずと云ことなし。又聖德太子は權化の神聖にて在ませば、天照太神の御心を受て、吾國の道を弘め玉はん爲に、佛法を盛んにし玉ひしより佛國とも成れり。然を提宇子、時節を守り、日本悉く門徒となし、佛法神道を亡さんとす。神道佛法あればこそ王法も盛んなれ。王法在してこそ、佛神の威も增に、王法を傾け佛神を亡し、日本の風俗をのけ、提宇子、己が國の風俗を移し、自ら國を奪んとの謀を囘らすより外、別に術なし。呂宋、ノウバ、イスバニヤなどの、禽獸に近き夷狄の國をば、兵を遣して之を奪ふ。吾朝はさしも勇猛他に越たる國なるが故に、法を弘めて、千年の後にも之を奪んと思ふ志、骨髓に徹してあり。いぶせき