のない君も、共に等しく「運命」なのだ。
小説を書く、それが何だ。君を前に於て、僕にどうして書けるのだ。
真夜中、ふと眼を覚すと、またしても全身ぐつしより寝汗だ。手も足も貌も胸部も、浴びたやうな汗だ。頭は重く沈んで、全身抜けるやうに気だるい。気色が悪いこと。仕方なく蒲団の上に起き上り拭ふ。夜衣をぬぎ、裸になると、青い蚊帳を通して流れ込む夜気が、冷々と快い。胸をまさぐり、しみじみ痩せたと思ふ。あばらの骨が一本々々指にかかる。
七月十日。
平凡な一日。十一時頃U、S、K、M、僕の五人でピクニック。野球場の横に並んでゐる杉林の中。御馳走はうどん、麦飯、その他、貧弱であるが、青い葉と葉の間を流れて来る風は涼しい。五時頃東條の所で風呂を貰ふ。
夜、睡るにはまだ早く、さうかといつて行き場もないので、困らされる。踊りでも見ようかと八時頃出かけると、東條とTに会ふ。三人でぶらぶら歩く。十号へ川端先生の随筆評論集を忘れて来てゐたので持つて帰る。Tは途中で帰る。踊り見物。つまらない。看護婦のMとSが来てゐる。
七月十一日。
昨年の盆のやうに、秋のやうな涼しさだ。そのためもあらうけれど、今日は一日、静かな、落着いた気分だ。だが、何かしらやる瀬なく切ない。仕事にとりかかる気もなく、遊ぶには何か時間が惜しいやうで、ただぼんやり机の前で暮す。十時頃病室に出かけ、渡辺君や鈴木君、中林君等を見舞ふ。
午後図書室に出かけ、以前から借りて見たいと思つてゐた、『文藝春秋』の古いのを借りて来る。大正十四年の十一月号に十五年の新年号の二冊、他にストリンドべ
リの『痴人の告白』も借りる。『文藝春秋』のべた組の編輯を珍しく思ふ。紙は黄色く褪せて、
夕食後U君と棋を囲み、勝つ。
夕方になつてぶらぶらと東條の所へ行くが彼はゐない。
帰つてもすることがない。変に淋しくなつて来た。だんだん暮れて行つて、あたりが暗くなると、ますます淋しくなつて来る。再び東條の所へ行く。やつぱりゐない。 窓から部屋の中を覗いて見ると、机の上に額が傷つくのを防ぐために釘の間に挟むものが出来て来てゐる。真赤な絹か何かでそれが鋭く光つてゐる。帰りかけると、急に東條のことが色々考へられ、ふいと自殺するのではないかといふ不安が突き上つて来る。さつき覗いた彼の部屋の変に沈んだ静けさの中に真紅に光つてゐる布が、自分には何か無気味な、死を思はせるやうな美しさが激しく自分の心を打つてゐたのだ。そのためだらう。
帰つてから踊りを見に行く。踊りを見ながらも東條の姿を捜す。ゐない。軽い不安が心の中に残る。スミさんが文ちやんと二人で来る。冗談を二三交へて自分は帰る。
七月十四日。
お盆が来た。降るのかと思はれる程空は曇つてゐる。昨年の盆と同じやうに、やはり今年も涼しい。学園前のグラウンドには、大きなやぐらが建てられ、夜が来ると、みなめいめいに仮装などして踊りだ。八時頃出かけて行く。けれど踊りたいといふ心は湧いては来ない。望郷台に上ると、ほの暗い中に東條が佇んでゐる。大きな花の輪を鳥瞰するやうに、踊りはすぐ真下に見える。初めて自分がこの踊りを見た時は、土人の部落の踊りでも見るやうな感じがしたが、今年もやはりそのやうな気がする。
東條と二人で降り、ぶらぶらと散歩をする。月は満月で碧い硝子玉のやうに中空に浮んでゐる。東條は突然僕に、自殺の決意を告白する。遂にここまで来てしまつたのか。僕は心の中に突き上つて来る激しいあるものと戦ひながら、それでも言ふべき言葉がない。彼が死を思ふ