歩き出さうともしないで石のやうに黙り続けるのであつた。兄弟はあるのかないのか判らなかつた。しかし鶏三はもうそれ以上追求してみる気はなかつた。そして自分の舎へ帰つてからも、長い間太市のことを考へ続けた。「ばばさん」のことを言つた時ちらりと見せた微笑や、「うん」と答へる時の意外な素直さを思ひ出すと、暴風の中にたわみながらも張つてゐる一点の青草を見た思ひであつた。そしてかうした考へがよしんば鶏三の勝手な空想や自慰であるにしろ、彼は太市の不幸を自分の眼で見てしまつたのである。見てしまつた上はもう太市を愛するのは義務なのだ。さう思ふと彼はまた新しい力の湧いて来るのを覚えるのであつた。
急いで草履をつつかけて家を出たものの、鶏三は迷はずにはゐられなかつた。またあの老人が面会に来たといふのであるが、一体会はせたものかどうか――勿論会はせてやり、太市の心に
夕立の日以来、鶏三はかなりの努力をしてみたのである。彼は先づ、何よりも自分を信頼させるのが大切であると考へた。しかしこの場合にも直ちに大勢の子供の中に引き込まうとしたり、或は何かを上から教へるといふ風な態度は一切禁物であつた。彼は太市の友人にならねばならないと考へると、その日から暇さへあれば太市をさがして歩いて、一緒に蟬を採つたりばつたを捕へたりした。初めのうち太市は、彼の姿を見るともう一散に逃げ出したり、何時間か彼と一緒にゐながら 一口も口をきかなかつたりしたものであつたが、幸ひ鶏三にはどことなく子供たちに好かれる性質がそなはつてゐて、何時とはなしに太市も馴れて来たのであつた。
そして秋も深まつた近頃では、三日に一度は朝早くから林の中に小鳥を捕りに出かけたりするやうになつた。太市は小鳥を捕ることに特異な才能を示した。鶏三の仕掛けた囮が籠の中でただ空しく
かうして太市と精神的にやうやく融け合つて来始めたいま、再び老人に会はせることは鶏三にとつてはかなり苦痛であつた。それにこの間の太市の作文を思ひ出すと、やはり老人に対して一種の嫌悪を覚え、会はせることが不安であつた。勿論老人がああした恐るべき行為を執つたのも、よくよくせつぱつまつてのことであらう、父が死に、母が逃げてあとに残された癩病やみの太市を連れて、恐らくはその日の糧にもこまつたのに違ひない。それは鶏三にも察せられるが、しかし今一息といふところで再び太市の精神に暗い影を投げかけることは、許し難いことだと言はねばならない。
太市の作文といふのは、『この病院へ来るまでの思出』といふ題を与へて綴らせたものであつた。時間内に作らせることは困難だと思つた鶏三は、これを宿題として何時でも出来た時に出すやうにと言つて置いたのであつた。
文はそこで切れてゐたが、これだけでもう何もかも明かであつた。みかんを食ひながら、と言ふから、多分冬であつたのだらう、物置小屋の片隅に蹲つてゐる太市の姿や、氷のやうに冴えかへつた月光を浴びて