Page:HōjōTamio-A Song Longing for Home-2002-Kōsei-sha.djvu/11

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 林の中では、やうやく黄金色に色づき始めた木々の葉陰を、ひは四十雀しじふからが飛び交つてゐた。空は湖のやうに澄みわたつて、その中を綿のやうな雲が静かに流れてゐる。鶏三は落葉を踏みながらあちこちと太市の姿を求めて歩くのだつたが、少年の姿はなかなか見つからなかつた。時々葉と葉の間から大きな鳥が音を立てて飛び立つと彼はじつとその鳥を見送つたりした。彼は太市をさがして歩く自分の姿が次第にみじめに思はれ出して、草の上に坐り込むと、もう太市をさがすのも嫌悪されるのであつた。そして投げ出した自分の足をつくづく眺めながら、気づかぬうちに拡がつて行く麻痺部にさはつてみたりした。そして何時の間にか頭をもちあげて来てゐる小さな結節に気づいてはつとすると、鮮かな病勢の進行に絶望的な微笑をもらして、立上つたとたんに、やけくそな大声で怒鳴つてみたくなつた。

「うおーい! 太市。」

 声は木々の間を潜り抜けて、葉をふるはせながら遠方へ消えて行つた。

 自分の声にじつと耳を澄ませてゐた彼は、それが消えてしまふのを待つてまた叫んだ。

「うおーい。」

 すると不意にすぐ間近くで女の児たちの喚声があがつた。

「うおーい。」

 と彼女等は鶏三を真似て可愛い声で叫ぶのだつた、そして入り乱れた足音を立てて、葉の間を潜り抜けて来ると、小山の上でしたやうに彼を取り囲んだ。

「先生が今日はすてきな歌を教へてあげようね。」

 と鶏三は笑ひながら言ふと、

「さあ、みんなお坐りなさい。」

「すてき、すてき。」

 と子供たちは手をうつてはしやいだ。鶏三はちよつと眼を閉ぢて考へるやうな風をしてから、太い声で、うろ覚えの太市の歌を唄ひ始めた。

 子供たちは鶏三に合せて合唱した。多分太市もどこかでばばさんを想ひ出しながら唄つてゐることであらう。鶏三は次第に声を大きくしていつた。