れんのみ。則、乘輿必出でざるを得ず。臣乃矢を其從兵に加へ、輿を此に徒して、陛下を彼に奉ぜんこと、易きこと掌を反すが如し。則、東方未だ白けざるに、大事集らん」と。賴長曰く、「爲朝年少くして氣を負ふ。言ふ所皆鄙人私鬪の事なり安ぞ之を帝王の戰に施す可けんや。兩帝、國を爭ひたまふ、當に堂々の陣を用ゐるべし。南都の僧兵、召に應じて且に至らんとす。軍を成し以て戰ふも、未だ晩しと爲さざるなり」と。爲朝退き、竊に罵りて曰く、「唉、長袖、惡ぞ兵を知らんや。家兄謀あり。將に我が爲さんと欲する所に出でんとす。僧兵寧ぞ須つ可けんや」と。