誰か能く之を禁ぜん。是に於て、朝廷之に上將の任を授けて、天下の侯伯を統
べしむ。會同朝聘、東に於てせざる莫し。則大阪は徒一候國の坐食するのみ。公
旣に織田氏の孤に忍びず。寧ぞ復豐臣氏の孤に忍びんや。盖し以て善く之を處
せんこと有るを思ふ。而れども彼に察せずして、專猜疑を挾み、再自釁を開きて
其覆滅を速にす。公に於て何ぞ累はしからん。公、雄武老鍊なる、太閤と雖、其
畏るゝ所に非ず。况や當時の群雄に於てをや。直に之を兒童視︀す。而して何ぞ
驕婦騃孺に有らんや。而るを公、謀を蓄へ慮を積みて之を斃せりと謂ふは、皆事情を知らざる者︀なり。
公少より隣國に轉質し、已に艱虞を極む。其國に主たるに及びて、又境を勁敵に
接し、百戰して鋒を爭ふ。寸攘尺取して繞に五州を定む。三氏天下を取るの異同而して織田、豊臣氏は
其間を以て近畿を奄有し、暴に强大を致す。盖し公を以て遲鈍と爲さゞる無し。
天の公を成す所以は乃是に在るを知らず。二氏の天下に於ける、唯速に之を得た
り。故に速に之を失へり。徳川氏盛業の原因公は未だ甞て天下を取るに急ならずして、天下の釁每に以て公を開くに足る。嗚呼、是れ其長く天下を有ちて、以て今日の盛業を基せし所以なるか。