則耻を知り義を好む者︀なり。將に日に柔媚に趨らんとす。耻を知り義を好むは國
家の元氣なり。元氣消亡して國家衰老す。其れ能く久しからんや。昔、酒井正親酒井正親
神︀谷某、己に禮せざるを以て、我に謂て曰く、『彼れ眞に用ゐる可き者︀』と。因り
て請ひて其俸を倍す。正親は公の爲に私を忘れ、士風を奬勵す。汝が輩、何ぞ類︀
せざる」と。近臣を驗す又甞て將軍の近臣を諭す。大意に謂く、「天下の安危は將軍の心に在
り。宜しくこゝに思を留むべし。節︀義を奬め、輕薄を擯け、士民を愛し、賞罰
を信にし、賜賚濫なる勿れ。濫にすれば則士怠る。人を用ゐるは偏る勿れ。偏れ
ば則國危し。國の臣あるは、猶木の枝あるが如きなり。枝偏大なれば則其根を
蹶す。猶鷲鳥の爪翼あるが如きなり。其爪翼を愛するは搏擊を斯する所以な
り。大賀彌四郞臣の用舍重ぜざる可けんや。足利尊氏の高師直に任じ、豐臣秀吉の石田三成
を用ゐし、皆以て人の怨を取れり。我も亦誤りて大賀を用ゐて殆危禍︀に陷らんと
す。懲︀毖せざる可けんや。凡そ天下の亂は、主將の欲を縱にして、宰臣の權を
專にするに起るなり。民の膏血を浚へて、之を府庫に盈つるを目けて能臣と曰ふ
是れ君の爲に怨を蓄ふるのみ。且才能を恃む者︀は、必舊法を以て迂拙と爲し、動
もすれば之を更改せんと欲す。武田、上杉、今川、大內氏の衰亡せし所以は、皆