Page:Gunshoruiju27.djvu/170

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下ならぬ射手は。一人も有べからず。皆此人々の敎たる名殘也。然間世の大事をおもふ每に。なき跡につけても。今有人に付ても。彼射手達の事。あだをろかにも存ぜざる也。當時有人の申は。弓取と云は。我事をさきとして。必しも弓を手にふれずとも。其ための郞從眷屬なれば。射させよかしと申事あり。是は末代の若き人々の大毒也。一人の好む事をこそ諸人も賞翫することにて侍れ。主だにも射ざらんには。增て郞從も叶なん哉。力なく年も寄。さたなどにも隙なからんは其限あり。さならぬ人々は。かゝるやり觀法にて。むねと大事にすべき道をばイさし置て。無益に多の御領をふさげては何かせん。弓箭の末なりし人々たるも。漸假令の沙汰出來ぬれば。すゑの代のうしろめたなこ そ彌術なく候へ。事の次でなれば。存知のために是までは申候。ゆめ披露有間敷事也。南條殿上洛候へば。委細の事は申候。又此方樣のこと。能々尋聞しめ給べく候。謹言。

正月十七日

泰 時

修理亮殿時氏。于時六波羅。


右澁柿以岡室正定藏本書寫以伊勢貞丈藏及明惠上人本傳幷稱文覺上人自筆之消息挍合畢