Page:Gunshoruiju27.djvu/165

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ひさる事もなからむ哉。不便の事也。一方ならぬ心中ども。思召やらるゝ也。わかき者のくせといひながら。餘に心とくはやり過たる者にて有と御覽ぜしに。案のごとく心みぢかく物さはがしくて。父兄弟にも咎をかけ。天下の大事ともなす也。結句は身も終にけるにこそあんなれ。事の次而なれば仰らるゝぞ。定綱は猶も子共を持たれば。いひをしへよかしと思召也。武士といふ者は。僧などの佛の戒を守るなるがごとくに有が本にて有べき也。大方の世のかためにて。帝王を護まいらするうつはもの也。又當時は鎌食殿の御支配にて。國土を守護しまいらする事にてあれば。錐を立るほどの所をしらんも。一二百町を持ても。志はいづれもひとしくて。其酬に命を君にまいらする身ぞかし。私の物にはあらずとおもふべし。さるについては。身を重くし心を長くして。あだ疎にふるまはず。小敵なれども侮心なくて。物さはがしからず計ひたばかりをするが能事にて有ぞ。ねたさはさこそ有けめ共はづかしかるべき武士にもあらず。何にもたらぬ宮仕法師と云賤き者に寄合て身を損じぬるは。心短きがいたす處也。身を徒になさなんには。多くの御恩のむくひも有なん哉。無下に臆病なき事也。古き物語云傳たるには。多田攝津賴光守殿のもとに。四天王とて聞えたるをのこ共の中に。公時と云は自知有て宗としける。綱と云は新參にて有が。公時に心の剛に成樣をしへよといひければ。公時が返答に心の剛をならはむとおもはゞ。臆病を習へといひければ。綱胸をひらきけり。此事を能々思ひ續れば。いみじき才覺にて有也。かならずしも臆病なれとは敎しもせず。心ながく案じはからへ。用心を能せよといひつる心也。唯うち有事だ