Page:Gunshoruiju18.djvu/683

提供:Wikisource
このページは校正済みです

又東の空より光計ほのめきたり。富士蒼天にひとしくして雪みどりをかくせり。唯それならむとおもふに。忙然として大空にむかへり。

 けさみれははや慰みつふしのねにならぬ思ひもなき旅の空

廿三日には角田川のほとりに鳥越といへる海村に善鏡といへる翁あり。彼宅に笠やどりして。閑林にあがめ置る金光寺に在宿し侍。同十九年元日に。

 おさまれる波をかけてやつくはねの大和嶋根に春の立らん

五日立春。

 春はけふたつともいはしむさしのや霞む山なき三吉野の里

同月の末。武藏野の東のさかひ忍岡に優遊し侍。鎭座社五條天神と申侍り。おりふし枯たる茅原を燒侍り。

 契り置て誰かは春のはつ草に忍ひの岡の露の下もえ

ならびに湯嶋といふ所有。古松はるかにめぐりてしめのうちにむさしのの遠望かけたるに。寒村の道すがら野梅盛に薰す。これは北野御神としかば。

 忘れすは東風吹むすへ都まて遠くしめのゝそての梅かか

二月の初。鳥越のおきな艤して角田川にうかびぬ。東岸は下總西岸はむさしのにつゞけり。利根入間の二河おちあへる所に彼古き渡りあり。東の渚に幽村あり。西渚に孤村有水面悠々として雨岸にひとしく。晚霞曲江にながれ。歸帆野草をはしるかとおぼゆ。筑波蒼穹の東にあたり。富士碧落の西に有て絕頂はたへにきえ。すそ野に夕日を帶。朧月空にかゝり扁雲行盡て四域にやまなし。

 浪の上のむかしをとへはすみた川霞やしろき鳥の淚に

廿日過る比鎌倉山をたどり行に。山徑の柴の戶に一宵の春のあらしを枕とせり。

 都思ふ春の夢路もうちとけすあなかまくらの山のあらしや

あくれば鶴岡へまいりぬ。靈木長松つらなり