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岡部にて。

 ゆふまくれ岡へにかゝる葛のはのうち吹かへす風そ凉しき

かなやの驛にて。

 思ふかな八重山こえて梓弓はるけき旅の行末の空

菊川を過るとて。昔の人世途おもはずもなし。

 二代まてしつみし人のいにしへを思ひやるたに潺湲そたつ

日坂といふ山中にて。

 はなににつさかしき山の夏木立靑葉をわけてかゝるしら雲

濱松といふ驛にて。

 浪かゝるはま松かねを枕にて幾度さめぬ夏のよの夢

あらゐの濱にて。

 吹風に波もあらゐの磯の松木陰凉しき旅の空哉

鳴海のうらにて。

 かへりみる里ははるかになるみかた沖行舟も跡のしら浪

 をく露に思ひ亂れてよもすからあはれなるみの鈴虫のこゑ

鶯の原といふ所にて。

 聞まゝにかすみし春そしのはるゝ名さへなつかし鶯の原

番場の宿にて。

 やすらはゝ馬立すへて番場つかひせこか心も妹にみせんかも

赤人のばゞつかひしてと物せし事おもひ出ずもあらざりけり。靑野が原にて。

 色わけて千種の花も咲ぬれはあをのか原も名のみ成けり

寢物語といふ所にて。

 ひとり行旅ならなくに秋のよのねもの語も忍ふはかりに

守山にて。

 有明の月の光ももる山は木の下露もかくれさりけり

老會のもりにて。

 きえねたゝ老會の杜の秋かせも心にかよふ袖の上の露

かゞみ山をみやりて。

 かはり行かけもはつかし鏡山くもれ中々みえぬはかりに

 年月のうつりきぬれはかゝみ山昔にもあらぬ陰やみゆらん

都にのぞむ日は。山あひ霧立ふさがりて侍りぬ。逢坂山をこゆるとき。

 旅人にあふさかやまは霧こめて行もかへるもわかぬころ哉

それより三條銅陀坊のかりやにいたりつきぬ。