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箱根の山によぢのぼるに。從兵にひやし酒のませ。水粉みづからも喰してなん。心をやる事しばし計なり。

 箱ね山あくる雲ゐの郭公みちさまたけの一聲もうし

山中と名づくる所にて。

 越わひぬ岩かねつたふ足引の山なかくらきならの下道

ふしみといふ所にて。

 夜をこめておきにけらしな吳竹のなひくふしみのけさの白露

黃瀨川の里にて。

 山姬のいかにさらして白妙の浪の衣やきせ川のさと

富士の山雲かゝりてさらに見えず。

 心あてにそれかとそみるしら雲の八重かさなれる不士の芝山

慕景樓の午夢のたやすきにはと。故鄕ゆかしうもまたことやうにおぼえぬ。程なく雲のはなれぬれば。

 みるたひにおもしろけれはふしのねの雪は浮世の姿也けり

岩淵にて。

 をちかへりみなはさかまく岩ふちのみとりを分て渡す舟人

關澤といふ所にて。

 とりすてゝおくての早苗せき澤の井杭も今は波の埋木

沖津の宿にいたりぬ。庵原民部入道禪道駕をまげてからうたふたつつくりこされしに。みづからにかはりて。僧昌首座これも詩にて心ばへあはれに旅のこゝろばへうつしやりぬ。見わたす景色そのかみみしにもはるかにまさりたり。

 藻鹽やく煙もたえてたひ人の袖ふきかへす沖つうら風

淸見潟にて。

 きよみかた浪の關守ゆふ暮にとまるは月の光成けり

長沼にて。

 なか沼に生る眞薦をかる賤の袂もかくやぬれはまさらし

手越にて鶯の聲をとづれぬ。折ならぬ音。これもおかしかりけり。

 鶯の鳴し垣ねを過やらてこしの旅人しはしやすらふ

宇津山をこえ侍るとて。

 夏深くしけれるつたのうつもれて道たとしうつの山越