コンテンツにスキップ

Page:Gunshoruiju18.djvu/655

提供:Wikisource
このページは校正済みです

 はきかえの昔なれにしゆへしあれは月まて照す光そふ覽

かくしてあくる十三日淸見が關みむとて人々ともなひて行侍るに。ことに空はれてうら浪もなぎ。ふじも手にとるばかりにて。關のあたりをみるに。心もこと葉もをよばずおもしろく。聞しよりはみるはまさり侍る。せきのあらがきの柱を少けづりて。

 月なからいく世の浪を淸見かたよせてはあらす關のあら垣

舟をこぎいださせて。三保の松ばらのほとりまでこがせ。みれば。すこし隔つる山をいでて。浪のうへより又富士を見侍るに。老の後の思出これに過はべらじとおもひ侍る。さてかへるに。つれたる人にざれごとに。

 歸るさはふしをうしろに老の身のくるしやをくれ跡の濱風

彼草庵にかへぬれば。上總介殿對面ありて。さかづきのつゐでに。

 知しらす立とまれとも淸見かたみる人からの關の名なれや

返し。

 かヘりみることはの花と淸見かたけふはかひ有老のなみ哉

十六日。彼草庵をいでてかへるに。弘濟とてわかき法師の歌など稽古ありたきよし有て。古歌などの心少々尋られはべるが。歸るさをしたひて。うつの山を送られはべるも心ざしありがたく覺えて。

 忘れめやうつの山路をいさよひの月に越つる蔦の下陰

彼弘濟立歸とて。上總介殿へ一首よみつかはしはべらば可然之由あるに。又筆にまかせて。

 天津人君にみよとてそめ色の山をわけてや富士となしけん

返々かたはらいたき事也。遠江國埴谷備前入道常純と云人。昔老僧に逢て歌など稽古せし人の遠江より武藏國へ越侍るが。我藤枝にありと聞て。旅なる所へたちより。むかしのことなど語てかへられしが。うつの山より人をかへして。彼蔦の葉を送られしに。

 うつの山うつゝの夢にあふ世かとこのたひたとる蔦の下道