Page:Gunshoruiju18.djvu/517

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は松ばらにて前はおほきなる河のどかに流れたり。海いと近ければ。湊のなみこゝもとにきこえて。鹽のさすときはこの河の水さかさまに流るゝやうに見ゆるなど。さまかはりていとおかしきさまなれど。いかなるにかこゝろとまらず。日數ふるまゝに都のかたのみ戀しく。ひるはひめもすにながめ。よるは夜すがら物をのみ思ひつゞくる。あらいその波のをとも枕のもとにおちくるひゞきには。心ならずも夢のかよひぢたえ果ぬべし。

 心からかゝる旅ねになけくとも夢たにゆるせおきつしら波

不二の山はたゞこゝもとにぞみゆる。雪いとしろくてこゝろぼそし。風になびくけぶりのすゑもゆめのまへに哀なれど。うへなきものはと思ひけつこゝろのたけぞものおそろしかりける。かひのしらねもいとしろくみわたされたり。かくてしも月の末つかたにもなりぬ。都のかたより文どものあまたあるをみれば。いとおさなくよりはぐくみし人。はかなくも見すてられて。心ぼそかりし思ひに。やまひになりてかぎりになりたるよしを。とりのあとのやうに書つゞけておこせたるをみるに哀にかなしくて。よろづをわすれていそぎのぼりなんとするは。人のおもふらんことゞものさはがしくかたはらいたければ。とにかくにさはるべき心ちもせねば。にはかにいそぎたつを。道もいと氷とぢて。さはりがちにあやうかるべきを。たゞ今はかしきうちそふひともなくてなど。さまとゞむる人も多かりければ。思ひわびてねのみなかるゝを。みるひとも心ぐるしくとて。ともすべきものどもなど。誰かれと定めてのぼるべきになりぬ。いとうれしけれど。とにかくに思ひわけにしことなく。なにと又みやこへかへらんとあぢきな