Page:Gunshoruiju18.djvu/501

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るに。《わくらはの御法に云沈麝のにほひ蘭薰のありかおもしろく庭上にみちみちて云々四十二物あらそひに云みめのわろきとありかとかつらきの神はよるともちきりけりしらすありかをつゝむならひは》炎旱の天よりあめにはかにふりて。枯たる稻葉もたちまちに綠にかへりける。あら人神の御なごりなれば。ゆふだすきかけまくもかしこくおぼゆ。

 せきかけし苗代水の流きて又あまくたる神そこの神

かぎりある道なればこの砌をも立出て猶ゆきすぐるほどに。筥根の山にもつきにけり。岩がねたかくかさなりて。駒もなづむばかり也。山のなかにいたりて水うみ廣くたゝへり。箱根の湖となづく。又蘆の海といふもあり。權現垂跡のもとゐけだかくたふとし。朱樓紫殿の雲にかさなれる粧ひ。唐家驪山宮かとおどろかれ。巖室石龕の波にのぞめるかげ。錢塘の水心寺ともいひつべし。うれしき便なれば。うき身の行衞しるべせさせ給へなどいのりて法施奉るついでに。

 今よりは思ひ亂し蘆の海の深きめくみを神にまかぜて

此山もこえおりて湯本と云所にとまりたれば。太山おろしはげしくうちしぐれて。谷川みなぎりまさり。岩瀨の波高くむせぶ。暢臥房のよるのきゝにもすぎたり。かの源氏物がたりの歌に淚もよほす瀧のをとかなといへる。《若紫 吹まよふ深山おろしに夢さめてなみたもよほすたきのをとかな》思ひよられてあはれなり。

 夫ならぬたのみはなきを古鄕の夢路ゆるさぬ瀧の音哉

此宿をもたちて鎌倉につく。日の夕つかた雨俄にふりて。みかさもとりあへぬほど也。いそぐ心にのみすゝめられて。大磯江嶋もろこしが原など聞ゆる所々をも見とゞむるひまもなくてうち過ぬるこそいと心ならずおぼゆれ。暮かゝるほどに下りつきぬれば。なにがしのいりとかやいふ所に。あやしの賤が庵をかりてとゞまりぬ。前は道にむかひて門なし。行人征馬すだれのもとにゆきちがひ。うしろは山ちかくして窓にのぞむ。鹿の音虫の聲かきの