Page:Gunshoruiju18.djvu/500

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浮嶋が原はいづくよりもまさりてみゆ。北はふじの麓にて。西東へはるとながき沼あり。布をひけるがごとし。山のみどり影を浸して空も水もひとつ也。蘆かり小舟所々に掉さして。むれたる鳥おほくさはぎたるイ。南は海のおもて遠くみわたされて。雲の波煙の浪いとふかきながめなり。すべて孤嶋の眼に遮るなし。わづかに遠帆の空につらなれるをのぞむ。こなたかなたの眺望いづれもとりに心ぼそし。原には鹽屋の煙たえ立わたりて。浦かぜ松の梢にむせぶ。此原昔は海の上にうかびて蓬萊の三の嶋のごとくに有けるによりて浮嶋となん名付たりと聞にも。をのづから神仙のすみかにもやあらん。いとゞおくゆかしくみゆ。

 影ひたす沼の入えにふしのねの煙も雲も浮嶋かはら

やがて此原につきて千本の松原といふ所あり。海の渚遠からず。松はるかに生わたりてみどりの陰きはもなし。沖には舟ども行ちがひて。木のはのうけるやうにみゆ。かの千株の松下雙峯寺。一葉の舟中萬里身とつくれるに。彼も是もはづれず。眺望いづくにもまさりたり。

 見渡せは千本の松の末遠みみとりにつゝく波のうへ哉

車返しと云里あり。或家にやどりたれば。網つきなどいとなむ賤しきもののすみかにや。夜のやどりありかことにして。床のさむしろもかけるばかりなり。かの縛戎人の夜半の旅ねも。かくやありけむとおぼゆ。

 是そこのつりする海士の苫庇いとふわりかや袖にのこらん

伊豆の國府にいたりぬれば。三嶋の社のみしめうちおがみ奉るに。松の嵐木ぐらくをとづれて。庭の氣色も神さびわたれり。此社は伊豫の國三嶋大明神をうつし奉ると聞にも。能因入道伊豫守實綱が命によりて歌よみて《金葉雜下 天河なはしろ水にせきくたせあまくたりますかみならはかみ》奉りけ