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Page:Gunshoruiju18.djvu/396

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此つごもりの日。谷のかたなる木の上に郭公かしがましくないたり。

 宮古には待らんものを時鳥けふひねもすに啼暮す哉

などのみながめつゝ。もろともにある人。ただいま京にもきゝたらん人あらんや。かくてながむらんと思おこする人あらんやなどいひて。

 山深く誰か思ひはおこすへき月見る人はおほからめとも

といへば。

 深き夜に月みのおりはしらねとも先山里そ思ひやらるゝ

あかつきに成やしぬらんと思ふほどに。山の方より人あまたくる音す。おどろきて見やりたれば。しかのえんのもとまできてうちないたる。ちかうてはなつかしからぬものゝ聲也。

 秋の夜の妻こひかぬる鹿のねは遠山にこそ聞へかりけれ

しりたる人のちかきほどにきて歸リぬときくに。

 またひとめしらぬ山邊の松風もおとしてかへる物と社きけ

八月に成て。廿餘日のあかつきがたの月いみじくあはれに。山の方はこぐらく。瀧の昔ども似る物なくのみながめられて。

 思ひしる人にみせはや山里の秋のよふかき在明の月

京に歸出るに。わたりし時は水ばかりみえし田どもゝみなかりはてけり。

 苗代の水かけはかりみえし田の苅はつる迄なかゐしにけり

十月つごもりがたに。あからさまにきて見れば。こぐらうしげれりし木の葉ども殘なく散みだれて。いみじく哀げにみえわたりて。心地よげにさゞらぎながれし水も。木の葉にうづもれてあとばかり見ゆ。

 水さへ[そイ]すみたえにけり木葉散あらしの山の心ほそさに

そこなる尼に。春まで命あらばかならずこむ。花ざかりはまちつけよなどいひてかへりにしを。年歸りて三月十餘日になるまでおともせねば。