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的に発生,拡大する累積性・進行性損害である。

 このような継続的・累積・拡大損害がみられる不法行為にあっては、除斥期間の起算点は損害発生時と解すべきであり、本件において少なくとも新法が廃止されるまで損害を確定することが困難であったという特殊性にかんがみれば、起算点は新法廃止時以降とすべきである。これまでの裁判例を見ても、前記クロム労災訴訟判決や宮崎地裁延岡支部昭和五八年三月二三日判決が、鉱業法一一五条を参照した上で、損害の進行が止んだときが全損害についての起算点であるとしている。

 なお、被告は、不動産の不法占拠や騒音被害についての短期消滅時効に関する裁判例を挙げるが、これらは、侵害期間に応じて損害が定量的に発生していく事案に関するものであって、本件とは事案を異にするというべきである。

 三 したがって、本件の除斥期間の起算点は、新法廃止時以降であり、除斥期間はいまだ経過していないというべきである。

第二 除斥期間の適用排除論について

 一 正義・公平の理念による除斥期間の適用排除について

 民法七二四条後段が除斥期間を定めたものであるとしても、不法行為における正義・公平の理念により、その適用が排除されるべき場合があるというべきである。最高裁平成一〇年六月一二日第二小法廷判決 (民集五二巻四号一〇八七頁) も、このことを認めている。

 この点、原告らは、新法によって終身隔離を余儀なくされ、同法一五条、二八条により著しく外出を制限され、提訴するために弁護士を訪ねたり裁判所に出頭したりすることが法的に許されていなかった。また、原告らは、実際上も、右法律の規定以上に、ハンセン病に対する差別と偏見により社会との交流を事実上全面的に絶たざるを得ない状況に置かれていた。

 しかも、原告らは、例外なく、自ら及び家族への差別・迫害を恐れて療養所入所の事実を秘匿して生活し続けることを余儀なくされてきた。そのため、原告らの大半は、療養所への入所に際して偽名 (園名) を使用することを事実上強制されている。そうした原告らにとって、新法を違憲であるとして訴訟を提起することは、自らが入所者あるいは元入所者であることを世間に公表するに等しく、到底実行不可能であった。原告らにとっては、原告番号による匿名裁判が可能であることが明らかになったこと及び新法の廃止によってその誤りが明白となりかつ法的にも外出制限が撤廃されるに至ったことによつて、初めて本件訴訟の提起が可能になったのである。

 さらに、原告らは新法存続下においては、療養所に在園する間、生活すべてが療養所長の管理下に置かれていたのであり、隔離の実態を違憲・違法として提訴することは、療養所において報復を受けることを覚悟しなければできなかった。国民健康保険の対象外とされ、療養所以外で医療を受けることが事実上不可能であった原告らにとって、その報復あるいは不利益取扱いの持つ意味の深刻さは計り知れず、帰るべき故郷を奪われている原告らにとって退所命令等がなされることによる生活の破旋は致命的ですらある。このような療養所と在園者との関係からすれば、原告らが提訴するなどということは事実上不可能であった。

 結局、廃止法の施行により、絶対隔離政策から解放され、療養所内の処遇の維持継続が立法によって明確に保障されたことにより、初めて原告らの権利行使が可能となったのであり、原告らの権利行使が不可能であった状況が被告の加害行為によって生じたものであることは明らかである。

 以上からすれば、民法一五八条の類推適用又は正義・公平の理念によって、除斥期間による権利消滅の効力は生じないというべきである。

 二 信義則違反・権利濫用と公序良俗違反

 被告は、前記最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決は、民法七二四条後段の規定を除斥期間とした上で、裁判所は、当事者の主張がなくとも期間の経過により請求権が消滅したものと判断すべきであり、信義則違反又は権利濫用の主張は主張自体失当であるとしている。

 しかしながら、信義則違反・権利濫用の法理は、適用の次元のみならず解釈の次元においても用いられるべきものであり、解釈の次元において信義則違反・権利濫用の法理を用いることは、右判決によって妨げられるものではない。むしろ、裁判所が解釈の次元で信義則違反・権利濫用の法理を利用できるのに本件の実情を踏まえないで除斥期間の適用をすることは、公序良俗違反になるというべきである。

 この点、原告らの受けた被害は全人格の否定ともいうべき極めて重大なものであり、除斥期間の適用による不利益もまた極めて重大であるところ、原告らには、右不利益を与えてもやむを得ないような事情はない。一方、被告が原告らの権利不行使に対する帰責性を有していること、被告による加害行為の悪質性等からすれば、被告には除斥期間制度によって保護されるべき適格がないというべきである。

 したがって、本件において除斥期間により原告らの権利消滅を認めることは信義則違反・権利濫用の法理に照らし、許されないというべきである。

 三 なお、原告らは、本来的には、民法七二四条後段は除斥期間ではなく長期消滅時効を定めた規定であると解するものであり、これによれば、被告からの時効の援用がない本件では、本条の適用はないことになり、仮に援用がなされたとしても、以上に述べた法理は一層妥当するというべきである。

(被告の主な反論)

第一 除斥期間の起算点について

 原告らが主張する損害賠償請求権は、強制隔離政策の継続並びに旧法及び新法の存続により、その期間に応じて、継続的に発生する性質を有するものであり、騒音被害や土地の不法占拠による損害賠償請求権と同じ性質を有するものであるから、これらの場合と同様に、損害が発生するたびごとに除斥期間が進行すると解すべきである (土地の不法占拠について大審院昭和一五年一二月一四日判決・民集一九巻二三二五頁、嘉手納基地訴訟に関する那覇地裁沖縄支部平成六年二月ニ四日判決、その控訴審である福岡高裁那覇支部平成一〇年五月二二日判決等参照)。

 原告らは、クロム労災訴訟判決を挙げるが、右判決は、民法七二四条後段の趣旨を時効と解している点において既に失当である上、右判決の事案は進行性の被害に関するものであって、本件とは事案を異にする。また、原告らは、関西水俣病訴訟大阪地裁判決を挙げるが、右判決は、客観的に不法行為の要件を充足したときが除斥期間の起算点であるとした上、事実認定の問題として、加害行為終了時を「不法行為ノ時」と事実上推定したにすぎず、継続的不法行為の除斥期間につき、一般的に継続する加害行為の終了時が起算点となると判断したものではない。

 原告らは、長期間にわたって進行的に発生・拡大する累積性・進行性損害であることを理由として、法の廃止時をもって除斥期間の起算点と解するべきである旨主張しているが、原告らが主張する損害は、日々新たに発生するとともに、その時点における被害内容の把握が可能であって、損害発生の原因となっている継続的行為が終了しなければ、その損害額を確定し得ないものではない。この点で、砒素中毒のように加害行為終了後も損害が相当期間にわたって進行的に発生・拡大しその後に確定するというような事案 (前記宮崎地裁延岡支部判決等) や、クロムによる職業がんが暴露終了後二〇年以上の長い潜伏期間を経て結果が発生する事案 (前記クロム労災訴訟判決参照) とは、明らかにその損害の態様が異なっている。

 物理的監禁と除斥期間について触れた裁判例としては、加藤老国家賠償訴訟の控訴審判決 (広島高裁昭和六一年一〇月一六日判決) がある。右判決は、刑の執行を違法行為とする国家賠償請求について、除斥期間が日々別個に進行する旨判示しており、本件もこれと同様に考えるべきである。

 なお、民法七二四条後段の趣旨を、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定のため、被害者の認識いかんを問わず一定の時の経過によって請求権を画一的に消滅させる除斥期間と解する前記最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決の立場によれば、そもそも除斥期間については権利行使の可能性は考慮する必要がなく、また、仮に、権利行使の可能性が除斥期間に何らかの影響を与えるとしても、本件においては権利行使の可能性が十分にあったというべきである。

第二 除斥期間の適用排除論について

 一 原告らは、前記最高裁平成一〇年六月一二日第二小法廷判決を挙げて正義・公平の理念から本件においては除斥期間の効力の停止を認めるべきであるとするが、右判決は、除斥期間の停止という概念を一般的に承認したものではない。また、新法廃止前においても、療養所が強制力を伴わない入所者の生活の場となっていて、入所者が強制隔離されている状況にはなく、かえって、新法制定当初から入所者が力を持ち、国に対し様々な要求を繰り返してきたこと、入所者が法律家を招いて国家賠償請求が可能か否かを検討したことさえあることなどからすれば、本件において、除斥期間の適用を排除すべき特段の事情があるともいえない。

 二 また、最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決によれば、原告らの信義則違反・権利濫用に関する主張は、主張自体失当である。


第四章 当裁判所の判断


第一節 ハンセン病の医学的知見及びその変遷


第一 ハンセン病の病型分類と症状の特徴等

 一 リドレーとジョプリングの病型分類

 ハンセン病医学においては、これまで様々な病型分類が用いられてきたが、現在の一般的な病型分類として、昭和四一年に提唱されたリドレーとジョプリングの分類がある。

 右分類による各病型の特徴は以下のとおりである。

 1 I群 (未定型群)

 らい菌の感染が成立した「免疫不全個体」が発病したときの初期症状と考えられているものである。I群から更に成熟した病態に移行する場合には、LL型、TT型 及びB群の三つの方向がある。

 2 LL型 (らい腫型)

 細胞免疫系の抑止力が機能せず、らい菌を多数含有する細胞が全身に播種拡大する傾向を示す病型で、皮疹を始め多彩な症状を呈する。最も重症になりやすい病型である。排菌量も最も多く、塗抹菌検査による菌指数は、五ないし六+程度である。

 3 TT型 (類結核型)

 細胞免疫不全のため病態は進行するが、それでも強い類結核性肉芽腫形成が起こり、皮膚病巣は一か所に限局傾向を示して播種傾向に乏しく、境界鮮明でしばしば中心性治癒所見を見る。排菌量はLL型よりはるかに少なく、菌指数は、〇ないし一+程度である。

 4 B群 (境界群)

 免疫応答がLL型とTT型の中間に位置し、しかも内容・程度が不安定で、病理組織像は両者の特徴が共存しており、皮膚病巣もしばしば播種が見られるが、病巣が部分的には一か所に限局する傾向が認められ、LL型のように全身に左右対称性に散在することはない。菌指数は、〇ないし五+である。

 この境界群は更に三型 (LL型に近いBL型、TT型に近いBT型、中間のBB型) に分けられる。

  (注) 塗抹菌検査と菌指数について

 塗抹菌検査とは、皮疹部位等をメスで切開して採取した組織汁をスライドグラスに