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左に坐す。先づ會長某の演說あり。又某軍醫は起ちて諸國婦人社會の現况を演じ、遂に獨逸婦人の幸福を賀し、貴婦人萬歲を唱へたり。既にしてロオト起ち遠征の利を述べてナウマンを賞し、次いで遠來の客に及べり。所謂遠來の客とは余と魯國のワアルベルヒとを指すなり。ナウマン答辞を陳ぶ。中に曰へることあり。余は久しく東洋に在りしが、佛敎には染まざりき。所以者何といふに、佛の曰く。女子には心なしと。貴婦人よ。余は之を信ずること能はず。余の佛敎に染まざりしは此が爲なりと。余はこれを聞きて驚き且喜びたり。夫れ式塲演說は駁す可らず。酒間の戲語は辯ず可し。今他を談笑の下に屈するときは、以て今夕の恨を散ずるに足らん。余はロオトに發言を請ひしに、ロオト直ちに會長に吿げ、會長も亦諾したり。余起ちて演說す。其大意に曰く。在席の人々よ。余が拙き獨逸語もて、人々殊に貴婦人の御聞に達せんとするは他事に非ず。余は佛敎中の人なり。佛者として演說すべし。今ナウマン君の言に依れば、佛者は貴婦人方に心なしといふとの事なり。されば貴婦人方は、余も亦此念を爲すと思ひ給ふならん。余は辯ぜざることを得ざるなり。夫れ佛とは何ぞや。覺者の義なり。經文中女人成佛の例多し。是れ女人も亦覺者と爲るなり。女人既に能く覺者となる。豈心なきことを得んや。貴婦人方よ。余は聊か佛敎信者の爲に冤を雪ぎ、余が貴婦人方を尊敬することの、決して耶蘇敎徒に劣らさるを証せんと欲するのみ。請ふらくは人々よ、余と與に杯を擧げて婦人の美しき心の爲に傾けられよと。語未だ畢らず。一等軍醫エヱルス Ewers は其夫人と余の傍に來りて曰く。荊妻婦人の總代と爲り、君の演說を謝すと。其他一等軍醫バアメルヰルケ等皆余か演說を賞す。余の快知る可し。ロオト笑を含みて曰く。Immer verschmitzt ! (如例黠) と。是より舞踏の餘興あり。余は舞踏すること能はさるを以て、家に歸り眠に就けり。後ワアルベルヒ、志賀、松本、と此夜の事を語る。ワアルベルヒの曰く。諸君は森子に謝せざる可らず。森子は談笑の間能く故國の爲に冤を雪ぎ讐を報じたり。駁したる所は些細なれども、人をして他の議論の多く此の如く妄誕なるべきを思はしめたり。是れ全日本形勢論を駁したるに同じと。

七日。午時早川大尉とシユウマン酒店に會す。午後三時別筵に赴く。是れロオトの催せるなり。陸軍病院長クリイン夫妻を始とし、來客甚だ多し。酒間ロオト其作る所の詩を誦す。中間嗚咽して止まず。余も亦覺えず淚を