- 緊縱得其宜
後井上巽軒の詩を得たり。云く。萩原國手有佳兒。名命午生葢得宜。豈啻康强如健馬。也當進益速於馳。
三日。家書至る。賀古鶴所の病頗る重きを聞く。
五日。劇ギヨオテの「フアウスト」を演す。往いて觀る。
八日。夜ヰルケ等と
十日。宮中の舞踏會に赴く。宮媛中一人の甚だ舊相識に似たるものあり。然れども敢て言はず。既にして此媛余が側を過ぐ。忽ち余を顧みて曰く。何ぞ君の健忘なると。嗚呼、余之を知れり。是れ野營演習中相見たる所のフオン、ビユロウ von Buelow 氏の一女にしてイイダ Ida と名づくるものなり。奇遇と謂ふ可し。
十二日。少將シユウリヒ Schurig の招に應じ、新街「カシノ」Neustaedter-Casino の舞踏會に赴く。大佐ポルチウス Portius 及法官ヰイサンド Wiesand の女と相識る。ポルチウス氏は豐頰の女子なり。能く曾て德停に客たりし日本人の名を記す。分毫も謬なし。洋人中多く得難し。ヰイサンドは絕だ矯小、明眸皓齒、姿態羞を帶ぶる者の如し。唱歌を善くす。曰く。妾頃日始て「フアウスト」を讀むことを許さると。葢しグレエトヘンの事あるが爲めに禁ぜられたりしならん。新街「カシノ」は酒店バハ Bach's Restauration の樓上に設く。會長少將シユウリヒは匹夫より起り、功に依りて今の位に到れる人なりと云ふ。
十三日。家書至る。
十四日。夜一等軍醫エヱルスの筵に赴く。魯西亞軍醫ワアルベルヒ Ferdinand Wahlberg, 中佐ナウンドルフ von Naundorff 等與る。エヱルスの夫人オチリイ Ottilie 快談人耳を悅ばしむ。
十五日。夜樂をマインホルト堂 Meinhold's Saele (Moritzstrasse) に聽く。此會は舞師エルヰツツ Wilhelm Jerwitz が樂人オイレ Eule の窮を救はんとて開きたる