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其意に從ふべしと欺き、思ひのたけを書認めたる後、敵の虛𨻶を覗ひ、側なる井戶に投じて、其貞操を全うしたりと傳ふ。其文の端に一首の歌あり、

世にへなばよしなき雲もおほひなん、
   いざ入りてまし山の端の月。

 されば日本武士道の女性に對する最高の理想は單に男性的なるものなりし乎。否、大いに然らず、藝能の類、優雅の素養の如きは、最も女子に要する所にして、又た音樂、舞踏、文學の如きも之を忽せにせざりき。我國文學の人口に膾炙せる佳句名吟は悱惻纒綿たる女性の藻思を吐けるもの頗る多く、洵や女子は日本美文學史上に卓然たる地步を占めたるものなりき。舞踏(藝者の踊を謂ふに非らずして、武士