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り掛て、くびをくはへて我もとに來り、子のばけ松もともにくいてんげり、其後ばけ松いとまをこひければ、狼申けるは、未汝は學文も達せず、今暫とてとゞめけれ共、いなとてまかりかへる、母ぎつねこれを見て、何とてはやく歸ぞと云ければ、學文をばよく極めてこそ候へ、其手なみを見せ奉らんとて、山野に出、狐、ぶたをみて、是とれかしとおしへければ、あれは毛たゞごはくして、口のどく也とてとらず、牛ををしへければ、はすとる犬など云物有とてとらず、ざうやくををしへければ、ばけまつあなうれし、是こそとて、狼のしたるごとくに、首に飛かゝりければ、結句馬にくらいころさる、母かなしむこと限なし、其如く、聊のことを師匠に學びて、未師匠も免ぬに、達したると思ふべからず、此きつねも年月をへて、狼のしわざをならはゞ、かゝるれうじなるわざはせじとぞ、

第十一 野牛とおほかみとの事

ある人、あまたのひつじをかい取、其後羊のけいごに、たけき犬をぞかいそへける、是に依て狼少も此羊をおどさず、然に彼犬俄に死けり、はすとるうれへて云、此犬死て羊定て狼にとられなん、いかゞせんとなげきければ、野牛すゝみ出申けるは、此事あながちかなしみ給ふべからず、其故は我角を落、かの犬の皮をきせて、羊をけいごさせ給へ、定て狼恐れなんやと申ければ、はすとる實もとて其ごとくしけり、これによつて、狼、犬かと心得て、羊のそばに近付ことなし、然所に狼、以外うへにつかれて、其死せんことを顧りみず、つと寄て羊をくはへてにぐる所を、野牛退懸たり、狼餘に恐ていばらの中へにげ入れば、野牛つゞいて追懸たり、何とかしたりける、犬のかはをいばらに引懸て、本の野牛にぞあらはれける、狼此よしをみて、こはふしぎなる有樣かな、犬かと思へば野牛にてあんめるとて立歸、野牛を召籠、何の故にわれを追ぞと云ければ、やぎう詞なふして、御邊のかけ足の法を試んため、たはぶれてこそと陳じければ、狼いかつて申樣、たはぶれことにこそよれ、いばらの中へをい込て、手足をかやうにそこなふこと、何のたはぶれぞや、所詮其返報に、御邊をくいころし奉るべしと云てほろぼしぬ、其如く、きたなきものゝ身として、さかしき人をたぶらかさんとする事、蟷螂が斧を以て龍車に向がごとし、うつけたるものは、うつけて通るが一