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申ければ、狼いかつて云、それのみにあらず、わが野山のくさをほしひまゝに損ざす事、奇怪きつくわいなりと申ければ、羊答云、いとけなき身にして、草を損ざすことなしと云、狼申けるは、汝何故に惡口しけるといかりければ、羊重ねて申けるは、我惡口を云にあらず、其理をこそのべ候へといひければ、おほかみのいはく、詮ずる所問答をやめて、汝をぶくせんと云ける、其ごとく、理非をしらぬ惡人には、是非を論じて詮なし、只權威と勘忍とをもつてむかふべし、

第十二 犬と羊の事

あるとき、犬羊に行あひて云やう、汝におほせける一石の米を只今かへせ、然ずば汝を失はんと云、羊大きにおどろき、御邊の米をばかり奉ることなしと云ふ、犬此に訴人有とて、狼ぞ、烏ぞ、とびぞと云物をかたらひ、奉行のもとへ行て、此旨を申あらそふ、狼出て申けるは、此羊よねをかりけること誠にて侍ると云、とび又出て申けるは、我も訴人にて候と申、からすも又同前也、是に依て犬に其理を付られたり、羊せんかたなさの餘に、我毛をけづり是にあたふ、其ごとく、善人と惡人とは、惡人の方人はおほく、善人のみかたすくなし、それに依て善人といへ共、其理を曲てことはらずと云事ありけり、

第十三 犬しゝむらの事

ある犬しゝむらをくはへて川をわたる、眞中にて其かげ水にうつりて、大きに見えければ、我くはゆる所のしゝむらより大成と心得て、是を捨てかれをとらんとす、故に二つながら是をうしなふ、其ごとく、重欲心の輩は、他のたからをうらやみ、ことにふれて貪ぼるほどに、たちまち天罰をかうぶり、我持所の寶をも失事あり、

第十四 獅子王と羊牛野牛の事

あるとき、獅子王、羊、うし、野牛四つ、山中をともなひ行に、猪に行あひ則是をころす、其よつえだをわけてとらんとす、しゝわうさゝへて申けるは、われけだものゝわうたり、其德にまづえだ一つわれにえさせよ、又我威勢世にすぐれけり、汝等に勝てかけり廻つて是をころす、それに依つてえだ一つえさせよ、今二つのこるえだをば、誰にてもあれ、かけたらん者は、我てきたるべし、これに依て各むなしく罷歸る、其ごとく、人はたゞわれに似たる者と友なるべし、我より上成