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時に臨で蛙迎に出で、蛙鼠に向て云樣、我本は此邊也、定めて案內しらせ給ふまじと覺え候ほどに、御迎に出侍ると申ければ、鼠かしこまつてよろこび、蛙ほそき繩を出して、導き奉らんとて、鼠の足に結付たり、かぐてたがひに川の邊にあゆみよりて、終に水の中に入ぬ、鼠あはてさはぎて蛙に申けるは、情なし、御邊をば樣々にもてなし侍けるに、我をばかゝるうきめにあはせ給ふやと、つぶやきける處に、鳶此よしをみて、いみじき餌食かなと、二つながら遂にゑじきとなしてけり、其ごとく、いまいそほは鼠の樣にて、御邊達に能道をしへ侍らんとすれ共、御邊達は蛙のごとくに、われをいましめ給ふ也、然りといへ共、鳶となるばいらうにやマヽえじつとの國王より、定めて島を責めらるべしと申ければ、聞もあへず、傍若無人のやつぱらが、天下無雙の才人を、峨々たる山のいはほより取て落とす、其時いそほ果にけるとかや、案のごとく兩國の帝王より、武士に仰せて彼島を責められける、それよりして、彼いそほが物語を世に傳へ侍る也、

第十 いそほ物のたとへを引ける條々

つら、人間の有樣を按ずるに、花にめで香に染みけることを本として、能道をしることなし、されば此卷物を〈脫アルカ〉一本のうへきには必花實有、花は色香をあらはす物也、實は其誠をあらはせり、されば雞になぞらへて、其ことをしるべし、雞は塵芥に埋もれて、ゑじきをもとむる所に、いとめでたき玉をかき出せり、雞かつて是をもちひず、踏退けて己がゑじきをもとむる、其ごとくあやめもしらぬ人は、たゞ雞にことならず、玉のごとくなるよき道をば少ももちひず、あくなすいろにそみて、一生くらすものなりとぞ見えける、

第十一 狼と羊の事

ある川の邊に、狼と羊と水をのむことありけり、狼は上にあり、羊は川すそにあり、狼羊をみて、かのそばにあゆみ近付、ひつじに申けるは、汝何故に我のむ水を濁しけるぞと云、羊答云、我川すそにて濁すとて、いかで川上のさはりにならんやと申ければ、狼又云、汝が父六ヶ月以前に、川上に來て水を濁に依つて、汝が親のとがを汝にかくるぞといへり、ひつじ答云、我胎內にして、父母のとがを知ることなし、御免あれと