亂り勝を引くこと勝げて紀すべからず。夫れ敎道明かならずといふは、敎閱古法なきを言ふなり、吏卒常なしといふは、將臣權任して久職なきをいふなり、軍を亂り勝を引くといふは己れ自から潰敗して敵之れに勝つに非ざるを言ふなり。是を以て武侯言ふ、兵卒制あれば庸將と雖も未だ敗れず、若し兵卒自から亂れば賢將と雖も危し、これ又何をか疑はん。」太宗曰く「敎閱の法信に忽にすべからず。」靖曰く「敎、其の道を得れば則ち士用を爲すを樂しむ、敎、法を得ずば朝に督し暮に責むと雖も事に益なし。臣が古制に區々として皆纂めて以て圖する所以のもの、有制の兵を成すに庶からん。」太宗曰く「卿我が爲に古陣の法を擇んで悉く圖して以て上れ。」
太宗曰く「蕃の兵唯だ勁馬奔り衝く、此れ奇兵か。漢の兵唯だ强弩と犄角と、此れ正兵か。」靖曰く「孫子を按ずるに曰く、善く兵を用ふる者は之れを勢に求めて人に責めず、故に能く人を擇んで勢に任ず、夫れ所謂人を擇ぶとは各〻蕃漢の長ずる所に隨つて戰ふなり。蕃は馬に長ず、馬は速に鬪ふに利あり。漢は弩に長ず、弩は緩く戰ふに利あり。此れ自然に各〻其勢に任ずるなり。然れども奇正の分かるゝ所にあらず。臣前きに曾て蕃漢必ず號を變じ服を易ふる者奇正相生ずるの法なるを述ぶ。馬亦た正あり弩亦た正あり、何ぞ常に之れあらんや。」太宗曰く「卿更に細かに其術を言へ。」靖曰く「先づ之れに形して敵をして之れに從はしむ、是れその術なし。」太宗曰く