Page:Arai hakuseki zenshu 4.djvu/833

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之候これにつき此等の法にては聖人の法をいみきらひ候事に御座候歟

一彼法を始て說き出し候人の名をヱイズスと申候漢土の字にて耶蘇としるし候はこれにて候彼徒にてこれを敎主とたつとみ候事たとへば佛家にて釋迦につかへ候事のごとく相聞え候事

彼法に天堂地獄の說をたて其敎主の像につかへ灌頂戒律符呪念珠等の事共有之候次第一々佛家と相同じく候又其像は磔の形にて候これは諸惡を斷絕仕らせ候ため第一入門の所と相見え候由其故は人の惡は皆々欲心より出候凡人の欲さまざまに候へども至りて切なるものは身命に過るもの無之候其身命をだにすて候上は其外の欲はかぞふるにたらず候歟こゝを以てまづ此所より始而道に入る事と相見え候是又佛家生死をかろんずるの說と相同じく候歟佛國と彼國とは地つゞき程遠からず候得者佛氏の說彼國に流れ入り一變仕りたる法と存ぜられ候

一ロウマンと申す所は彼敎主の本地にて候たとへば我國にて天台の比叡山眞言の高野山のごとくなる地に候而いにしへ其國王より其地をあたへられ其法の本地となり其法の師弟子皆々其所に而法を修行候故奧南蠻の國々其法をうけ候貴賤ともに寄進之地も多く布施の物も多く事の外に繁昌の道場と相聞え候事

一奧南蠻の國々大半は彼法をうけ候かと相見候得ども又其法をうけ申さぬ國々も有之候阿蘭陀等も中頃より彼法をば用ひ申さぬ由相聞え候事

阿蘭陀等信向の法は彼法より出候而別に法をたてたるものにて候佛家に禪宗の有之候ごとくなるゆきかたと相聞え候しかれば天主をばたつとみ候へども耶蘇をば用ひ申さず候我國の諸宗皆皆釋迦の說より出候へども祖といたし候所はおの同じからず其法もまたおのかはり候ごとくに相聞え候

一彼法の師諸國に渡り候而其法をひろめ候事これ耶蘇の敎と相聞え候其故は天主は天地萬物の父母にて一世界の人皆これ兄弟にて候父母の子を見候事は男女少長をゑらばず皆々同じ心にて父母の心を以て其子の心とする時は兄弟の間は相したしみ相