Page:Arai hakuseki zenshu 4.djvu/823

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自ら兵をひきゐて、マーレプロムに逐至る、海中忽に潮わかれ、路ありてのがれさる、潮また忽に湧きて、逐ふもの皆溺れ死す、〈マーレプロムは、マーレは海也、プロムは、またプルウトといふ、此にいふ血也、人死して、この海ことく血となれると也、漢に西紅海と翻するもの、卽此也、〉モイセスをさる事、凡一千八百年、〈今をさる事一千七百餘年也といふ、〉ジユデヨラの國、ナザレツに、サントス、マリヤといふ聖女あり、ベーテレアムの君、ダアヒツトの後也、〈ナザレツ、地名也、漢譯未詳、サントスとは、尊稱也といふ、餘皆これに倣ふべし、マリヤは、漢に瑪利亞と譯すといふ、ベーテレアムは、地名也、ダアヒツトは、其君の名、漢譯ともに未詳、〉十六歲の時、夢にアンゼルス降りて、デウスの命を吿て、デウス其子となりて、名をヱイズス、キリストスといふべし、またサントスジヨセフして、これが父とし、ベイテレウエンに產しめて、エヂツプトより、むかへかへすべし、といふ事を見る、〈アンゼルス、前に見えたり、ヱイズスキリストス、漢にセースと譯す、我俗にゼスといひしは、漢譯の音轉じ訛れるなり、サントスジヨセフ、人の名也、ベイテレウエンは、地の名なり、漢譯未詳、エヂツプト、前に見ゆ、〉こゝに於てジヨセフをともなひ、ナザレツを去り、ベイテレウエンの驛に至りて、つゐに男女の道にあづからずして、男子を其厩中に產む、夢見し所によりて、ヱイズスキリストスと名づく、〈ヱイズス生れしは、此歲乙丑の年を去る事、千七百九年前の十二月廿五日の夜半也といふ、さらば本朝人皇第十代、崇神天皇三十年辛酉の歲にて、漢平帝元始元年にあたれり、〉アラビア、タルソ、サバ、三國の君、ヱイズスが生れし夜に當て、客星現れしを觀て、聖人ありて生れし事をしりてをの國を出て、其所をもとむ、〈アラビアは、今アジアの地方にあり、タルソ、サバ、共にある所をしらず、漢譯共に未詳、〉三國の君、同じき所にゆき逢て、共にジユデヨラの君エローデスに見えて、此事を問ふ、エローデス其事をしらず、其人をもとめ得ば、必我がために吿知らすべしと約す、こゝをさりて、行程十三日、ベイテレウエンに至るに、彼星かしこの上にあたれり、つゐに其驛にして、エイズスを拜する事を得ぬ、アンゼルスありて降りて、三國の君を戒むるに、ヱイズスの事をもて、ジユデヨラの君に吿る事あるべからすといふ、これ彼こゝろにいむ事あるによれる也、マリヤつゐにこゝをさりて、エヂツプトにゆく、ジユデヨラの君、三國の君の其事を報ぜざるをあやしみ、明年、國中の幼兒、生れて二歲なるもの、數萬を索て、ベイテレウエンに殺す、七年にして後、其君死す、アンゼルスまた降りて、マリヤに吿て、ナザレツに歸らしむ、エイズス生れて、瑞應多く、幼にして、みづから天主の子と稱じ、十二歲にして、始てヱルーザレムに說法する事三年、其敎をうけしもの五千人、〈ヱルーザレムは、ジユデヨラの地〉