イスパニヤ、フランスヤのごとき、海外の國を倂せ得て、國を開きし事を問ふに、たとへば、ノーワイスパニヤのごときは、初其國を治むるものもなく、其人こゝかしこむらがり聚りて相爭ひ、弱きは、强きが肉となりて、人の屍を相食ふに至れり、イスパニヤ人、風のために放されて、こゝに至りて、其衣食の業ををしへ、資財の用を通じて、みちびくにデウスの敎を以てす、此方の人、始て其生養の道を得て、相悅び服し、つゐに其地を納れて、本國の君の治めむ事を望請ひぬ、ロクソンのごときも、俗皆裸體にして、わづかに樹皮を以て、前後を遮る、其人また禽獸に相遠からず、イスパニヤ人、こゝに至るに及びて、其生養の道を得るのみにあらず、我敎ある事をもしりぬ、國人擧りて、本國に內屬せむ事を望請ふ、或人諫て、相去る事萬里にして、彼國を治めむ事、我財用もまた給ぐべからず、棄てむにはしかじといふ、本國の君、海外の人をして、いきてその生を安くし、死してこの苦をまぬかれしめんには、我デウスの恩に報ふる所、すくなからじといひて、つゐに其請ふ所をゆるされき、此餘、ゴア、アマカワのごときは、其地を借て、海舶互市の事に便する所也、すべて其國を侵し奪ひしなどいふ事にはあらずといふ、〈ノーワイスパニヤ、ロクソン、皆國名、ゴアは、インデヤの地名、アマカワは、阿瑪港、廣東にあり、皆前に詳也〉
我國、東に