「カムイウエキミムセ」は西南部地方(〈日高膽振〉)に行はるゝものにして變災・變死者の生ずるとき行ふ一つの儀式なり。之れを說明するに、筆者の實際目擊せし事柄を以てせん。筆者就任の部落は鵡川村字「チン」と稱する處なるが、大正六年十一月十四日當部落の某(男)行衞不明となり、爾來警察官吏並に部落民は各〻心當りを搜索せるも絕えて見出すこと能はず。遂に、惡魔の爲め奪はれて此の世に無きものとし、同年十二月十七日(〈前項にて說明せるツスグルを依賴し〉)死體を形どり造りたるものを以つて當人の宅に莊嚴なる葬儀を行へり。此の日近鄕近在の村落より式に參列すべく、隊を組みて續々來村せり。其の內最も多人數なりしは沙流郡平賀の部落民にして、到着するや、家に入らず、外にて直ちに仕度をし、男は刀を右手に持ち、左手は