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Page:音訳蒙文元朝秘史.pdf/10

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​迭額舌᠋列​​上​​deġere​ ​騰格舌᠋理​​天​​teṅgeri​(第一卷一丁a)

の如し。因みに、母音と母音との中間に存する ġ又はγ̇音は一種の半母音にして、後來 連結する母音の性質に依り弱き半有聲のg音或は w, y 又は ​0​​ゼロ​たる可き音なり。

一 母音を伴はざる子音 l・m・s・d・γ或は gは、それぞれに小字「勒」、「木」、「思」、「惕」、「黑」、「克」を以て示 す。その例次の如し。

​嫩禿黑᠌剌周​​營盤做 着​​nutuγlažu​(第一卷一丁a)

こは漢︀字には單に子音のみを示す文字無きが故に、特に小字もてこれを示せるなり。 但しr及び語尾に存するsのみは、それぞれ「舌᠋兒」「思」と大字もて表示せらる。


一 羅馬字譯に當りて特に注意せる所次の如し。

原則として漢︀字の有氣音は無聲音もて、無氣音は有聲音もて標示せり。例へば有氣「塔」 「察」は無聲音ta, čaに、無氣音「荅」「札」は有聲音da, žaと標音せり。但し與格(dative case)の助 詞「圖舌᠋兒」、「突︀舌᠋兒」、「禿舌᠋兒」、「途舌᠋兒」、「都︀舌᠋兒」は漢︀字音の如何に拘らず、蒙古文語の語法に從ひ、子音r, s, d, γ或はg, bの後にあつては-tur(-tür)と無聲に、その他の子音及び母音の後にあり ては-dur(-dür)と錄音せり。これ今日なほ當時の語法を明かにし難きを以てなり。

一 與格(dative case)、造格(instrumental case)の助詞には諸︀種ありて、それぞれ先行する名詞の 語尾音の性質及び意義の如何により變化す。その助詞の變化と名詞との關係に就い ては、なほ硏究を要するものあれども、本書に於いては從來の語法に於ける與格の助詞 -iyan(-iyen)、造格の助詞 -iyar(-iyer) を -yan(-yen), -yar(-yer)と記せり。

例へば次の如し。

​可兀的-顏​​子(每)自的行​​köġüd(i)-yen​(第一卷三十二丁b)

一 蒙古語に於いては、長母音は原則として存在せず。但し同種二母音が重複結合し、又は γ̇或はġ音の無聲化せる結果、その前後の二母音のみ示されたる時は長母音の如くに 標出し、母音の上にーを附してこれを示せり。例へば第七卷の「​納牙​​人名​」は第五卷に「​納牙阿​​人名​」 とあるによりNajaγ̇aを原音とすべきにより、これをNajaと復原せる如し。

一 ​桑昆​​人名​Seṅgüm(五卷三十六丁a)の昆gümは、元來günの如く語尾n音なりしかと考へらる るも、特に思ふところあり、mを以て標出せり。

一 本文の原稿及び音譯蒙文元朝祕史の題は白鳥博士の作製せられし所なれど、本書印刷 の時、不幸にして博士は病臥せられ、校正その他本書出版に關する一切のことは、これを 親らせらるゝ能はずして逝去せられたり。本書に過誤遺失の存するあらば、偏に刊行 に從ひしものの責任なり。敢へて附記す。