行き。きくにあたへたまひて。名主年寄にたのみ置き。
寮に帰らせたまひしが。跡にて段〳〵薬をあたへあくる
廿日に成しかば。益氣湯二ふくにて。菊が氣分本服
して。次第にひふも調ひけり
- 菊が剃髪停止之事
去程に今度の助が灵病も頓而本服し。菊たつしや
に成ければ。与右衛門金五郎もろ共に。名主年寄かたへ
行き。先此間の礼を述べさて菊が願ふやう。我をば
尼になして給われ。其故はいつぞやも申通り極楽に
て御僧様の仰せに。汝はしやばに帰りたらば。名を妙
槃とつゐて。魚鳥を喰はで。よく念佛を申せとに
て候ひしか。とてもの事にいづれも様の。御言葉をそへ
られ。祐天和尚様の御弟子になしてたまはれといへば。
名主も年寄も実に是は尤也。よくこそ望みた
れとて。すなはち此者共を引つれ弘經寺へ参りて
まづ祐天和尚の寮にさんじ。此間の御礼をのべ。さてき
くが願ひのしゆつけを乞求る時。和尚のたまはく。
菊が剃髪の事さら〳〵もつて無用也。其故は。菊
よく聞け。汝此度累と助が怨灵に取付れしゆへ
それ成与右衛門も金五郎も。世にたぐひなき苦労を
受しなり。その上に又その方出家せば。いよ〳〵二人の者に
苦をかけんか。自今以後は其身もそくさいにて。与右衛門