を始め。其座にあつまる老若男女。百余人とこそ聞
へけれ。其時和尚戒名に向て。心中にきせいしたまはく
理屋性貞も単刀真入も。此菊が徳により。成仏し
たまふ事なれば。かならず。此ものゝ命を守り諸人のうた
がひを散じ給へと。ふかく頼。十念廻向畢て。いそぎ寮
に帰り給へば。同寮の人〻。心許なく待居られしが。いそ
ぎたち向ひ。何事候やおぼつかなく候ふと申せば
和尚いと心よげにてかゝる叓の有しそや。戒名は書
直しぞ。心あらば諷經せよと仰らるれば。皆人〻感じ
あひて。老たる若き所化衆。思ひ〳〵に諷經にこそは
行れにけり。さてまた祐天和尚は。いそぎ近所の醫
者をよびよせ。菊が療治をたのみ給へば。いしやかしこ
まつていそぎ羽生村に行き。菊が脉をうかゞひ。す
なはちかへつて和尚に申やう。かれが脉の正体なく候へば。
中〳〵療治はかなひ申さず。そのゆへくすりをもあたへず罷
帰り候といへば。祐天和尚聞給ひ。何をかいふらん。菊が
命をば我諸佛へたのみおき。そのうへ単刀真入などへ
能ゝやくそくし置し物おと。思召ししからば是非なし。其
薬箱を開き。益氣湯を七ふく調合し。我にあたへ
給へとあれば。畏て候とて。すなはち調合して参らせ
御いとま申て帰られたり。和尚其跡にていそぎかの薬を
せんじ給ひ。一番ばかりを持参にて。其夜中に羽生へ