恥がましきことはなし。此女を守りて一生を送らん事。隣家の見る目朋友のおもわく。あまりほひなきわざに思ひけるか。本より因果を辨ふるほどの身にしあらねば。何とぞ此妻を害し。异女をむかゑんとおもひ究めて。有日の事なるに夫婦もろともはたけに出て。かりまめと云物をぬく。ぬきおわつて認めからげ。彼の女におほくおふせ。其身も少々背負ひ暮近くなるまゝに。家地をさして帰る時。かさねがいふやう。わらわが負たるははなはだ重し。ちと取わけて持給へとあれば。男のいわく今少し絹川邊まで。負ひ行。彼こより我かわり持べしとあるゆへに。是非なくくるしげながらやう〳〵。絹川邊にいたるとひとしく。なさけなくも女を川中へつきこみ。男もつゞゐてとび入り。女のむないたをふまへ。口へは水底の砂をおし込。眼をつつき咽をしめ。忽ちせめころしてけり。すなはち死骸を川にてあらひ。同村の浄土宗法蔵寺といふ菩提所に負ひゆき。頓死とことはり土葬し畢ぬ戒名は妙林信女。正保四年八月十一日と。慥に彼寺の過去帳に見へたり。さて其時同村の者共一兩輩。累か㝡後の有様。ひそかに是を見るといへども。すがたかたちの見にくきのみならず。心ばへまで人にうとまるゝほど成ければ。実にもことわりさこそあらめとのみ。いゝて。