死霊解脱物語聞書上
過(すぎ)にし寛文(くわんぶん)十二年(ねん)の春(はる)。下総國(しもうさのくに)岡田郡(おかだこほり)羽生村(はにふむら)と云(いふ)里(さと)に。与(よ)右衛門と聞(きこ)ゆる濃民(のうみん)の一子(いつし)。菊(きく)と申娘(むすめ)に。かさねといへる先母(せんぼ)〔さきのはゝ〕の死灵(しれう)とりつき。因果(ゐんぐわ)の理(ことはり)を顕(あらわ)し。天下の人(じん)口におちて。万民の(ばんみんの)耳(みみを)おどろかす事(こと)侍りしか。その由來(ゆらい)をくわしく尋(たつぬ)るに彼(か)の累(かさね)と云女房(にふばう)。顔(かほ)かたち類(たぐ)ひなき悪女(あくぢよ)にして剰(あまつさ)へ心ばへまでも。かだましきゑせもの也。しかるに親(おや)のゆづりとして田畑(てんばく)少〻貯持(たくわへもつ)故(ゆへ)に。与右衛門と云(いふ)貧(まづし)き男(おとこ)。彼(かれ)が家(いゑ)に入甥(むこ)して住(すみ)けり。哀(あは)れ成哉(なるかな)賤(いやし)きものゝ渡世(とせい)ほと。