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させたものである。

『偶然にあらざる所以……』固有の聖神の道に儒敎を攝取した、即ち人に取つて以て善を爲すの心掛で進んだ爲に、斯の道が愈々大に且つ明かになつたものである。

『夙夜』朝早くから夜おそくまで。

『神州の道』我が國固有の聖神の道。

『西土の敎』唐虞三代の敎で、儒敎を指す。

『忠孝二无く』忠と孝とは途を異にするけれども、歸する所は同じい。父に對しては孝と名づけ、君に對しては忠と呼ぶが、我が誠を盡す點については全く同一である。又君に事へて大義を全うすることは親に孝なる所以であつて、親を養ひ其の風敎を助けることは君に忠なる所以となるもので、忠と孝とは其の本は不二一體を爲すものである。

『文武岐れず』文武を兼修すること。岐は路の二つに分れる所をいふ。

『學問事業……』學問は道を知る途で、事業は道を行ふことである。道を會得しても之を行はなければ我にも人にも寸益がない、又道を知らないで行ふ時は往々過誤に陷るものである。であるから學問と事業とは相依り相應じて之が效を擧げなければならぬものである。

『偏黨あることなく』好む所に片寄らぬ。

『降鑑し給はん』天に在る皇祖の神靈も天降りしてみそなはし遊ばすであらう。