Page:小倉進平『南部朝鮮の方言』.djvu/189

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に存するのである、此の小篇たる余の現在に於ける朝鮮語に對する淺薄なる知識よ り割り出されたものであるから、固より誤謬の多かるべきを覺悟して居る。余は此 の點に就いては今後自ら硏究の步を進め幾多の補正を加ふべき機會の到來すること を信じて居る。本島の方言を論ずるに當つては、之を音韻・語彙・語法の三方面から觀察する必要 がある。

音韻に關しては特に論ずべきこととては無いが、諺文「ㆍ」の發音は大いに注意を要 すべきものがある。「ㆍ」は現在半島大部分の地に於ては아と同樣に發音せられ、或る 一部の地方に於ては오と同樣に發音せられる。例へばᄆᆞᆯ(馬)・ᄑᆞᆺ(小豆)の如き語は 朝鮮大部分の地に於ては말・팟と發音せられるが、全羅南北道・慶尙南道の或る地 方にありては몰・폿の如く發音するのである。然るに濟州島に於ける「ㆍ」は「아」にも あらず「오」にもあらず、어と오との中間音である。元來「ㆍ」の原音の如何なるもの であつたかに關しては從來種々の說が行はれて居るが、余の信ずる所では오或は우