黒田の聖人へつかはす御文

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• 底本：国訳大蔵経編輯部 編『国訳大蔵経 : 昭和新纂』宗典部 第3巻,東方書院,昭和3-7. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/1172243/1/108 pp.201-202
• 書誌情報：国訳大蔵経編輯部 編（東方書院　1932年）

黑（くろ）田（だ）の聖（しやう）人（にん）へつかはす御文（おんふみ）^[1]

〈勅傳第二十一卷に載す。世にこの文を小消息と稱して尊重す。淨土の安心起行を明すに最も要を盡したるものなり。〉

末代（まつだい）の衆（しゆ）生（じやう）を往（わう）生（じやう）極樂（ごくらく）の機（き）にてあてゝみるに、行（ぎやう）すくなしとてうたがふべからず。一念（いちねん）十念（じふねん）にたりぬべし。罪人（ざいにん）なりとてうたがふべからず、罪根（ざいこん）ふかきをもきらはず、時（とき）くだれりとてうたがふべからず。法滅（ほふめつ）^[2]已後（いご）の衆（しゆ）生（じやう）なを往（わう）生（じやう）すべし。いはんやこのごろをや。わが身（み）わろしとてうたがふべからず。自（じ）身（しん）はこれ煩惱（ぼんなう）具（ぐ）足（そく）せる凡（ぼん）夫（ぶ）なりといへり。十方（じつぱう）に淨（じやう）土（ど）おほけれども、西方（さいはう）をねがふは、十惡（じふあく）五（ご）逆（ぎやく）の衆（しゆ）生（じやう）もむまるゝゆへ也（なり）。諸佛（しよぶつ）の中（なか）に彌陀（みだ）に歸（き）したてまつるは、三念（さんねん）五（ご）念（ねん）にいたるまでみづから來（きた）りてむかへ給（たま）ふがゆへ也（なり）。諸（しよ）行（ぎやう）の中（なか）に念佛（ねんぶつ）をもちゆるは、かのほとけの本（ほん）願（ぐわん）なるがゆへ也（なり）。今（いま）彌陀（みだ）の本（ほん）願（ぐわん）に乘（じよう）じて往（わう）生（じやう）してんには、願（ぐわん）として成（じやう）ぜずといふ事（こと）あるべからず。本（ほん）願（ぐわん）に乘（じよう）ずる事（こと）は、たゞ信心（しんじん）のふかきによるべし。うけがたき人身（にんしん）をうけて、あひがたき本（ほん）願（ぐわん）にあひて、をこしがたき道心（だうしん）ををこして、はなれがたき輪（りん）廻（ゑ）のさとをはなれて、むまれがたき淨（じやう）土（ど）に往（わう）生（じやう）せん事（こと）は、よろこびの中（なか）のよろこび也（なり）。つみをば十惡（じふあく）五（ご）逆（ぎやく）のものなをむまると信（しん）じて、小罪（せうざい）をもをかさじとおもふべし。罪人（ざいにん）なをむまる、いかにいはんや善人（ぜんにん）をや。行（ぎやう）は一念（いちねん）十念（じふねん）むなしからずと信（しん）じて無（む）間（けん）に修（しゆ）すべし。一念（いちねん）なをむまる、いかにいはんや多（た）念（ねん）をや。阿彌陀（あみだ）佛（ぶつ）は不（ふ）取（しゆ）正（しやう）覺（がく）の詞（ことば）を成（じやう）就（じゆ）して、現（げん）にかのくににましませば、さだめていのちをはらん時（とき）には來迎（らいかう）し給（たま）はんずらん。釋（しやく）尊（そん）はよきかなや、わがをしへにしたがひて、生（しやう）死（じ）をはなれんとすと知（ち）見（けん）し給（たま）ふらん。六方（ろつぱう）諸佛（しよぶつ）はよろこばしきかな。われらが證誠（しようじやう）を信（しん）じて、不（ふ）退（たい）の淨（じやう）土（ど）に往（わう）生（じやう）せんとすとよろこび給（たま）ふらんと、天（てん）にあふぎ地（ち）にふしてよろこぶべし。このたび彌陀（みだ）の本（ほん）願（ぐわん）にあへる事（こと）を、行（ぎやう）住（ぢう）坐（ざ）臥（ぐわ）にも報（はう）ずべし、かのほとけの恩德（おんとく）を、たのみてもなをたのむべきは乃至（ないし）十念（じふねん）の詞（ことば）。信（しん）じてもなを信（しん）ずべきは必得（ひつとく）往（わう）生（じやう）の文（もん）なり。

註

1. 【黑田の聖人】伊賀國名張郡黑田に住せる聖者。氏名詳かならず。
2. 【法滅】末法萬年の後佛法滅盡すと云ふ說によるもの。但し念佛は法滅後猶百年は存在して衆生を救濟すと經に在り。